第一章 桧山 掲示板の鍵は前の理事長から引き継いだときにはもう歪んでいて、差し込んでから右へ二度、こじるように回さないと開かない。開けると内側のガラスが白く曇っていて、去年の防災訓練の案内が画鋲で留められたまま残っている。その隣の、規約でいえば何も貼ってはいけない場所に、A4の紙が一枚、透明のテープで留めてあった。上辺だけだった。四隅を留めていないので下側がめくれて反り、風の来る日なら紙の腹が浮いてガラスを叩いたはずだが、日曜のこの時刻には風が無い。〈一億一四〇〇万円 だれの金か〉と太いゴシックで刷ってある。手書きでもインクジェットでもない。字の縁が立っていて、紙も家庭で使う厚さではなかった。剥がした。糊がガラスに残り、爪でこすってから尻ポケットのハンカチで拭くと、糊は伸びて、拭いた分だけ面積が広がった。 四枚あった。一号棟から四号棟までの掲示板に一枚ずつで、五号棟だけ無い。 五号棟の掲示板は集会室の前にあって、夜でも人が通る。そこを避けたということになるが、避けたのが一人なのか何人なのかは分からない。四枚を同じ向きに揃えて四つ折りにし、肩から提げた布の鞄に入れた。市役所にいたころ、苦情の文書はまず受け取った日付を鉛筆で隅に入れてから保管しろと教わって、それを三十九年続けている。玄関まで戻ってから、五月十七日、と入れた。 同じ紙が出るのは三度目になる。一度目は総会の五日後で、〈賛成百六十八のうち何人が図面を読んだか〉と刷ってあった。二度目は二月の理事会の翌週で、そのときは棟の入口の内側、郵便受けの上に七、八枚置いてあっただけで、貼ってはいなかった。二度とも理事会に諮っていない。諮れば議事録に残り、議事録は全戸に配られ、読む気の無かった人にまで文面が届く。剥がして日付を入れて保管しておくのが、手数としてはいちばん少ない。四号棟の掲示板を閉めているとき、二階のどこかで窓の閉まる音がした。振り返った。竿にかかった敷布が動いているだけだった。 テープは丸めずに、剥がした形のまま重ねて置いた。 タロは三和土で待っていた。十三歳になってからリードを見せても跳ねなくなり、代わりに首を伸ばして金具の匂いを嗅ぐ。四階から一階まで下りるのに七分かかる。前脚から下ろすのをやめて、後脚を先に落として尻から降りるようになったのは去年の秋で、三階の踊り場で必ず一度止まる。止まったら待つ。急かすと後ろ足が滑る。その踊り場の窓は建てつけが悪くて半分しか動かず、桟に去年の落葉が溜まったままになっているが、掃く当番は決まっていないし、決めようという話も出たことがない。エレベーターを付ける話は入居のころから出ていて、五十五年出続けている。 外の駐輪場には自転車が三十八台並び、そのうち六、七台は前輪がひしゃげたまま二年以上動いていない。撤去するには所有者を確かめないといけないし、確かめるには警告の札を貼って一か月置く手続きがいるが、面倒なのはその手続きではない。外したあとに置く場所が無い。 二号棟の入口の郵便受けは、下から二段目の扉が三つとも無い。無くなったのは古い話で、いつからかを言える住人はもう少ない。空いた口に水道業者と鍵屋の広告が差し込まれ、風の日には床に落ちて、朝のうちに白木が拾い、集会室の裏に置いた段ボール箱に入れている。箱は月に一度あふれる。 三号棟の前でベビーカーを押した女とすれ違って、乗っている子がタロに手を伸ばした。母親のほうは会釈をして、そのまま通り過ぎた。名前を知らない。四百十二戸のうち、顔と名前と部屋番号の三つがつながるのは四十軒とすこしで、理事長を三期やってもその程度にしかならない。 北東の角まで、タロの速さで八分かかった。 金網に囲われた区画の中に給水塔が立っている。高さ二十一メートル五十、上の水槽に四十立方メートル入る。四十トンの水をいったん二十一メートル半まで上げておいて、落ちてくる力で五棟四百十二戸に配る。一九七一年にはそれがいちばん確かなやり方で、実際に五十五年もった。コンクリートの継ぎ目に沿って雨だれの黒い筋が四本、上から下まで通っている。北の面は苔で下の三分の一が緑がかっている。指で押すと湿った粉になる。脚の内側に鉄の梯子が付いているけれども、地上二メートル六十のところで段が切ってあり、そこから下は外してあるので、登るには脚立か足場がいる。フェンスの南京錠は管理人室と桧山のところに一つずつあって、どちらも湿気で回りが渋い。去年の点検のとき、業者が潤滑剤を差していった。タロは決まって同じ支柱の根元で足を上げる。見上げた。首の骨が鳴った。 年に二度、水槽の内側を洗う。その費用と、揚水ポンプの電気代と、十二年ごとの防水を全部足していくと、直結増圧に切り替えた場合との差額が出る。総会で配った資料の四ページ目に、その表を入れておいた。 市役所にいたころ、市内の別の団地で同じ切り替えを見ている。十八年前で、あのときは水槽を残したまま配管だけ替えた。残せば点検の義務も残り、清掃の報告書も毎年要る。うちのは屋上ではなく地面に建っているので、残すなら基礎から補強がいると業者が言った。補強には周りを掘ることになり、掘れば本管を一度切るので、断水は三回では収まらない。塔を残して水を止める回数を増やすか、塔を壊して三回で済ませるか、そういう並べ方をした資料を作ったのは桧山で、その並べ方が卑怯だと総会で言われた。言ったのは井坂ではない。 一号棟の脇の集積所の前で名を呼ばれた。井坂が段ボールを紐で縛って、扉の内側に立てかけているところだった。資源の回収は水曜で、その日は日曜だった。 「回収、水曜ですよ」 「知ってます。置いておくだけです。部屋が狭いので」 紐は十字ではなく、一方向に二本かけてあった。井坂は膝を曲げずに腰から折れて、扉の内側の高さを覗いている。 「説明会、残高の表は出すんですか」 「出します」 「前のときは出なかった」 「出しました。四ページ目に」 「見ませんでしたね」 こちらを見ないままそう言って、扉の下の隙間を靴の先でなぞった。金属の縁がコンクリートを擦って、細かい粉が線になって残っている。 「この扉、下が擦れてる。蝶番が下がってるんだ。直すなら扉ごとですよ」 「管理人に伝えます」 「言っても直らない。うちの会社もそうだった」 段ボールを立てかけ直して、井坂は先に歩いていった。歩幅が狭い。右の足だけ着地が早く、踵から出る音が半拍ずつずれて、水たまりを回るときにその崩れが目についた。扉は、言われたとおり下の縁が擦れて、コンクリートに浅い弧の跡が残っていた。 三月の理事会から、集まる理事が七人のうち四人になっている。欠席の連絡は前の晩に来る。来ない人が不熱心なのではなくて、平日の夜七時に集会室へ出て来られる人がその人数しかいない。議案を五本から三本に減らし、終わりを八時半で切ることにした。それでも議事録を作るのは桧山に回ってくる。 管理人室の窓は下半分が擦りガラスで、開いていると白木の手元しか見えない。受取簿の判子と、遺失物の傘が三本と、蛍光灯の予備が窓際に寄せてあった。 「出てましたか、また」 「四枚」 「五号棟は」 「無かった」 白木は日誌を引き寄せて、五月十七日の行に何か書き足した。書きながら、部数の話を始めた。 「二百八十で足りますか」 「二百六十八世帯だ。予備を入れて二百八十刷る」 「途中でトナーが切れます。今の一本を入れたのは二月の頭です」 「一本頼んでおいてください」 「発注書に判子が要ります。今でなくてもいいですけど」 鞄から印鑑を出して押した。薄い。朱肉が乾いていたので少しずらして二度押すと、ずれた分だけ輪郭が太くなった。 「ツツジ、今年は業者を早めたほうがいいです。去年は花が終わってから伸びました」 「工事の車が入る前に済ませたい」 「六月八日でしたね」 「八日です」 説明会は五月三十一日の日曜、集会室で二回に分ける。午前十時と午後二時に同じ話を二度する。椅子が三十四脚しか無いので、一度に入れるのはその数までになる。業者からは所長と現場の担当が来る。前に一度、業者にだけ喋らせて、質問が全部管理組合に返ってきたことがあった。今度は工程と断水を桧山が話し、配管と工法を業者が話す順に決めてある。 夜、食卓に議事録と工程表を並べた。椅子は四脚あるが、二脚には新聞と回覧板が積んである。賛成百六十八、反対七十四、委任二十六。足すと二百六十八になって、現に人が住んでいる世帯の数と揃う。二〇二五年十一月二十三日の臨時総会で、意思を示さなかった家は一つも無かったことになる。実際には委任状を集めて回った理事が四人いて、そのうち二人は今期で降りた。理由を聞いていない。 工程表のほうは業者から来たものをそのまま綴じてある。六月八日着工、八月二十八日完了。断水は六月二十四日、七月十五日、八月五日の三回で、いずれも九時から十五時まで。給水塔の解体は八月二十六日。総工費一億一千四百万円を修繕積立金から出す。断水の掲示は二週間前に出す。市役所にいたときは、水道部の様式に日付と時間帯と問い合わせ先を入れて、それで足りていた。同じ体裁で下書きを作り、ルビは振らなかった。 鞄から四枚を出して、食卓の端に並べた。前の二回の分は透明のファイルに日付順で綴じてある。紙の白さも、断ちの目のまっすぐさも、三度とも同じに見える。家庭の機械では出ない黒で、どこかで刷ってきたことになる。市内の印刷屋に頼めば一枚十二円ほどのはずで、四枚のためにわざわざ出す枚数ではない。裏返した。二枚だけ右下に薄い折り目がついていて、何かの箱の底に敷いてあったのか、鞄に入れて持ち歩いたのか、そこまでは分からない。日付の欄に五月十七日と入れて、ファイルの後ろに重ねた。 台所の流しの下から、タロの療法食の袋を出して量った。三キロで四千八十円する。腎臓の数値が去年の秋から下がらないので、動物病院で処方の紙をもらっている。缶詰の蓋を開けると足音がした。後ろに座って待つ。食べ終わるまでに以前の倍かかるようになった。皿を洗って伏せ、水切りに残っていた湯呑みを一つ、食器棚の下の段に戻した。上の段は三年前から開けていない。 窓を閉めるとき、北東の角に塔の輪郭が残っていた。街灯の光が届く高さではないので、上のほうは空との境が曖昧になる。それでも位置が分かるのは、そこだけ空が欠けた形になっているからで、五十五年、この窓からはその形で見えている。解体は八月二十六日、重機の搬入路は西側の門から取ると業者の書類に書いてある。門の幅を測っていない。明日、巻尺を持って行く。 説明会の資料の最後に、質問を書いてもらう枠を刷ることにした。定規が見つからず、回覧板の縁を当てて鉛筆で罫を引いた。線が三ミリほど曲がった。 第二章 三宅 六月八日、午前六時十分に青葉台第二団地の北門を入ると、路面には前の晩の湿りが残っていて、タイヤの跡が二本だけ黒く光っていた。警備の中野はもう立哨についている。関東管工の軽トラを集会所の脇に寄せ、後ろから入ってくる四トンのユニックに、三宅は片手を上げて位置を出した。鋼板の仮囲いは昨日のうちに三十六枚を先に入れてあり、残りの四十四枚は八時に着くことになっている。置き場の隅には自転車が二台、前輪を潰したまま停めてあって、片方はサドルが裂けて中の綿が出ていた。管理組合に聞けば持ち主は分かるのだろうが、聞いたところで動かせるとは限らない。 塔は、図面で見ていたより細かった。 敷地の北東の角に、何にも寄りかからずに立っている。高さ二十一・五メートル、容量四十立方メートル、鉄筋コンクリート。細い軸の上に水槽が載っていて、真下から見上げると、水槽の底の縁が空を丸く切り抜いている。塗装は四階ぶんの高さから上が剥げ、雨の筋が三本、ほとんど同じ間隔で垂れていた。軸の外側を這っている水位計の配管は、途中で継ぎ手ごと無くなっていて、そこから下は誰かが後で足した細い管に替わっていた。三宅はヘルメットの顎紐を締め直した。二十一・五メートルというのは七階建ての建物とだいたい同じで、この敷地には五階建てのものしか無い。だから団地のどこに立っていても、視界のどこかに必ず入ってくる。渡された竣工図は一九七一年のもので、青焼きをコピーしてさらにコピーしたらしく、基礎の寸法線が二本とも読めなかった。三宅はレーザーで軸の直径を測り直し、図面の数字と三十七センチ違うのを野帳に書いた。三十七センチは、解体のときに重機を据える位置が変わる程度の差になる。 六時四十分から支柱を立て始めた。 アスファルトは根に持ち上げられて何箇所も割れており、ベースを据えるたびに水平が出ない。パッキンを噛ませ、水糸を張り直し、また噛ませる。三宅は膝をついて自分で二枚ぶんをやり、立ち上がるときに右の腰の下のほうが引き攣った。三月に痛めてから、朝のいちばん最初は必ずこうなる。腰を伸ばしながら振り返ると、二号棟の三階の窓が一枚だけ開いていて、こちらを見ていた誰かが、目が合うとカーテンを引いた。囲いの線はケヤキの枝に二箇所で当たる。三宅は枝の下だけフェンスの高さを一段落として、そこにコーンバーを渡す図をノートに描いた。中野が黙って支柱を運んでくる。三宅が指した場所に置いて、また戻っていく。二人とも七時までひとことも喋らなかった。 七時前に、犬を連れた老人がフェンス沿いを歩いてきた。 理事長の桧山だと分かるまでに少しかかった。三月の現場説明会のときはネクタイをしていて、今日は色の褪せたポロシャツで、リードを持つ手の甲に大きな染みがある。犬は雑種で、脚が短く、腰が落ちていた。 「早いね」 「おはようございます。今日から入らせていただきます」 「何時まで」 「十七時までです。うるさくなるのは来週からだと思います」 桧山はリードを右手から左手に持ち替えた。犬は支柱の根元を嗅いでから、そこに座り込んで動かなくなった。 「音のことは、うちから回しておく。それより水だ」 「断水は二十四日、九時から十五時までです。掲示は明日、五棟ぜんぶの掲示板と、各階の階段口に出します」 「郵便受けにも入れて。二百六十八じゃなくて四百十二戸ぶん」 「空室にもですか」 「人がいないと思ってたら、いることがあるから」 「それと、そこのケヤキが囲いの線に二箇所かかります。枝を落とすには承諾が要りますが」 「切らんでいい。理事会にかけたら、その話だけで一時間だ」 「では枝の下だけ一段低くして、コーンバーを渡します」 集会所の掲示板には管理組合の日程表が貼ってあり、その左端に、別の紙が画鋲一本で留めてあって、手書きではなく、家庭用のプリンタで打った明朝体で、修繕積立金の残高と、二〇三六年に来る大規模修繕にいくら足りないかという数字が二列に並んでいる。総工費一億一千四百万という桁を、わざわざ漢数字で書き直してあった。いちばん下の行に理事長の名前がある。桧山はその前を通ったが、そちらを見なかった。犬がリードを引いたので、そのまま北門のほうへ歩いていった。三宅は自分の会社の名前が紙のどこにも出ていないことを確かめてから、フェンスの残りの列に戻った。 八時十分に残りの鋼板が着き、九時からポスティングにかかった。四百十二枚のうち二百六枚を三宅が持った。この団地にエレベーターは無い。一号棟の一階から順に上がっていくと、二階と三階のあいだの踊り場に折りたたみの椅子が置いてあって、座面のビニールが裂け、内側の黄色い綿が見えていた。誰の物でもないような顔をしてそこにある。四階の郵便受けは扉が二つ外れたままで、うち一つには不動産屋のチラシが七枚溜まっていた。五階まで上がると膝から下が重くなり、三宅は手すりに片手をついてから紙を入れた。五〇二の新聞受けには朝刊が半分だけ差し込まれていて、ドアの脇に小さな鉢が四つ並び、そのうち二つは土だけになっている。表札の字は雨で薄くなっていた。掲示板も順に見た。犬の糞についての注意書きが二枚と、盆踊りの中止を知らせる紙が一枚。日付は二〇二三年のままで、角が丸まっている。自治会費の集金の当番表には、線で消された名前が四つあり、消えていない名前は八つだった。紙はどれも日本語だけで書かれている。三宅は自分が配っている工事のチラシもそうであることに、四階まで下りてから気づいた。 一〇五号室の窓は閉まっていた。 カーテンは内側から一度も動かず、ベランダに洗濯物は無く、室外機だけが低い音で回っている。廊下を歩いていくあいだ、人には一人も会わなかった。会わないまま二百六枚を配り終えて、平日の午前中に在宅している人の割合を、三宅は帰りの階段で数えなおした。 昼は現場事務所で食べた。 三坪のユニットハウスに折りたたみの机とパイプ椅子が二脚、去年の日付のカレンダーが前の現場から付いてきている。エアコンは効きはじめるまでに十八分かかった。上尾市の水道部に出す切替の書類は先週受け付けられているが、受理の控えがまだ手元に来ない。元請けに二度かけて、二度目に若い声が出た。 「関東管工の三宅です。福地さん、いらっしゃいますか」 「あー、福地はいま打ち合わせで、夕方まで戻らないですね」 「上尾の第二団地の、市の受理票の控えの件なんですが」 「あー、はい。伝えときます。折り返させますんで」 折り返しは来ない。弁当は駅前のスーパーで前の晩に半額で買った鶏の照り焼きのやつで、飯が乾いていた。食べながら先月の精算書を出し、高速代と駐車場代の領収書を日付順に並べ替えた。一枚だけ、四月の分が紛れている。四月の精算はもう締まっていて、出しても通らない。三宅はその一枚を財布の内側に戻した。妻からの連絡が二件入っていて、上の子の上履きのサイズと、下の子が朝から熱っぽいという話だった。了解、とだけ返した。しばらくして、熱は何度、と打ち足した。単身赴任のアパートは上尾駅から自転車で十二分、家賃五万八千円のうち会社が四万一千円まで出す。残りの一万七千円を毎月払っていることは、まだ誰にも言っていない。 十六時、集会所で桧山と打ち合わせをした。 管理人の白木という女性が湯呑みを二つ置いていった。 「熱いですから、気をつけてくださいね。こないだ理事さんが、そこでひっくり返して」 「ありがとうございます」 白木は盆を持ったまま戸口で少し立ち止まってから、管理人室に戻った。三宅はA3のバーチャート工程表を机に広げ、六月八日から八月二十八日までの棒を上から順に指でなぞった。仮設と仮囲いに二週、配管の新設に六週、切替と試験通水、そして八月二十六日の解体。桧山は赤のボールペンで断水の日付を三つ手帳に書き写し、六月二十四日、七月十五日、八月五日と口の中で読んだ。ペン先が手帳の紙を引っ掻く音がしていた。 「この日は、全部おなじ九時から十五時なのか」 「おなじです」 「時間は、三回ともおなじなんだな」 「おなじです」 三宅は工程表の余白に9:00-15:00と書き足し、桧山のほうへ向きを変えて置いた。 「なんで三回もいる。一遍で済まんのか」 「本管からの新しい系統を先に地中で組んで、最後に既設と縁を切ります。その縁を切る日と、水槽を空にする日と、圧力の試験をする日が、一日ずつ要ります」 桧山は工期の棒のほうを見ていて、八月二十八日の右端を指で押さえた。 「二十八日に、全部終わるのか」 「水は八月の頭に出ます。二十八日まで残るのは書類です」 「書類」 「市の完了検査があって、竣工図を差し替えて、積立金からの支払いを起こしていただきます」 水が出てからあとの作業は、誰の目にも見えない。 「反対してた人たちには、こっちで説明する。あんたのところに直接来ることもあると思う」 「来たら、工程のことだけお答えします」 「それでいい」 湯呑みの茶には手をつけないまま、桧山は先に立って集会所を出た。 十五時すぎ、駐輪場の南半分を囲ったところへ、六十代くらいの女性が自転車を押してきた。 「すみません、ここ、いつまで囲うの」 「八月の末までです。北側に二十八台ぶんの仮設ラックを、明後日入れます」 「明後日じゃ困るのよ。今日はどこに置けばいいの」 「今日でしたら、そちらの通路の内側に寄せていただければ」 「そこは下の階の人が前から停めてるから、置けないの」 「うちは四階なのよ。前は管理人さんが見ててくれたんだけどね」 「あなた、上尾の人じゃないでしょう」 女性は自転車を押して離れていった。しばらくして見ると、囲いのすぐ外に停めてある。前カゴから葱が出ていた。三宅はそれを動かさず、カラーコーンを一つだけずらして、通路の幅を確保した。 十六時四十分ごろ、自転車の中学生がフェンス沿いを三度通った。 三度目はスピードを落として、単管の継ぎ目のあたりを見ながら走っていった。ペダルを漕がずに、足を投げ出したままの姿勢で。目が合ったが、どちらも何も言わなかった。三宅は東京の家にいる上の子のことを考えかけて、やめた。落ちていた番線の切れ端を拾い集め、フェンスの内側のドラム缶に入れ、それから中学生が走っていった方向をもう一度見た。自転車はもう見えなかった。 十七時に作業を止め、事務所で日報を書いた。天候の欄には曇と入れ、作業員は六名と入れ、仮囲いは延長二百四メートルのうち百三十二メートルまで進んだと書いた。資材の受入れは鋼板が四十四枚あった。近隣対応の欄には一件と入れ、括弧をして駐輪場の件と添えた。女性が結局どこに停めたかは書かなかった。特記事項の欄は空けたまま横線を引き、写真は着工前の全景を六枚と、給水塔を東から一枚、南から一枚撮ったものを添付した。三宅は野帳を開き直して、三十七センチの数字の下に赤で丸をつけ、来週までに解体屋へ渡すことを書き足してから、ハウスの鍵を閉めた。 第三章 大槻 二十四日の前の日の夕方、階段を上がってくる足音が四階の踊り場で一度止まり、それからまた上がってきた。白木さんは五階まで来ると五〇二号室の新聞受けに藁半紙を差しこんで、ノックはしないで下りていった。二つ折りの紙には、明朝九時から午後三時まで水が止まると刷ってある。同じ知らせが月のはじめにも入っていて、そのときは冷蔵庫の扉に磁石で留めた。今度のは湯呑みを置くあたりに置いた。 風呂の栓をしたのは六時二十分だった。湯を張っているあいだに台所の蛇口を開けると出が細くなる。それでも両方いっぺんに開けて、流しには薬缶と、白菜を漬けていた白い樽と、去年まで灯油を入れていた赤いポリタンクを並べた。ポリタンクは十八リットル入ると横に書いてあるけれども、満たしてしまうと床から持ち上がらないので、七分目で栓を締めた。指はまだ動く。手首のほうが先に音を上げる。三十六の年に流しの前で滑って左の肩を痛めてから、重いものは右で持つ癖がついた。二リットルのペットボトルは六本あった。注ぎ口に茶色い輪の残っているのもそのまま使った。飲む分だけは薬缶の水と決めている。便所の水は風呂から汲むことにして、洗面器を便器の横の床に置いた。床が少し傾いていて、洗面器はひとりでに壁のほうへ寄っていく。台所の蛇口は締めるときに一度きゅうと鳴り、そのあと壁の中でこつんと鳴る。夫がいたころから鳴っている。隣の五〇一に人がいなくなって六年になり、向こうの水音がしなくなってから、こちらの音がよく聞こえるようになった。 浴槽に水が張りきるまでに一時間近くかかった。 蓋をしないでおくと朝までに埃が浮く。板の蓋は二枚とも反っていて、片方は湯気で膨れたところが剥がれかけている。それでも載せた。 去年の十一月の総会には行かなかった。集会所は一号棟の一階で、そこまで下りて、それからまた上がってくるところを考えて、白木さんに預ける委任状のほうに判を押した。あとで各戸に配られた紙には、賛成が百六十八、反対が七十四、委任が二十六と書いてあった。二十六のうちの一つが自分のである。給水塔の高さは二十一メートル五十、水は四十立方メートル入ると、注のような小さい字で添えてあった。五十五年ここに住んでいて、あの塔にどれだけ水が溜まっているのかを知ったのは、壊すと決まってからだった。反対のほうの紙は、積立金という字だけ赤く刷ってあった。裏が白かったので、買い物の書きつけに使った。 十時前に電気を消して、天井の隅の雨染みを見ていた。 葉書は夫が職場から持って帰ってきた。 「当たったぞ」 「ほんとに」 「青葉台の第二だ。四月から入れる」 「どっち向き」 「知らん。書いてない」 ここに入ったのは昭和四十六年の四月で、そのとき三十四だった。荷物はトラック一台に足りなかった。畳は新しく、押し入れを開けると木の匂いがした。窓の下にはまだ何も植わっていない土があって、その向こうに白い筒が立っていた。足場が半分だけ残っている。夫は荷解きの途中で窓のところに来た。 「あれは水の入れもんだ」 「入れもん」 「水道の水を、いっぺんあすこの上まで上げる。上げてから、落として使う」 「落としてどうするの」 「重さで押すんだ」 「押すって、何を」 「水をだ。上から押せば、この高さまで来る」 「あんな上まで、どうやって上げるの」 「ポンプだ」 「はじめから五階まで上げればいいのに」 「そういうもんじゃない」 窓の桟に指を立てて、それを下ろして見せた。それだけ言うと、また台所の段ボールに戻っていった。説明をするのがへたな人だった。 入った年の五月は、五階まで水が上がってこない日が何度もあった。 「今日も出ない」 「塔がまだ動いてないんだ」 「いつ動くの」 「そのうちだ」 下の共同の栓からバケツで運んだ。三十四の足だったから、四回でも五回でも上がれた。夏になって塔が動きだした日は、蛇口をひねった拍子に水が飛んで、流しの外まで濡らした。 「上まで来たか」 「来ました。飛びましたよ」 「濡れましたよ、そこまで」 「拭いとけ。もうバケツは要らん」 バケツはその日のうちに物置へ運ばれた。あのころの塔は白かった。何度目かの塗り替えのあとで雨の筋が出て、いまは下から見上げると縦に灰色の線が何本も入っている。勤めから帰ると腰の手拭いを流しに掛けて、窓を開けて北東のほうを見るのが夫の癖だった。何を見ているのかは聞いたことがない。四階まで上がるのが何ともなかったころは、水がどこから来ようとどうでもよかった。 夫が死んだのは二十八年前の秋である。 運び出したのも階段だった。担架が三階と四階のあいだの踊り場で曲がりきらず、業者が二人がかりで一度縦にして、角を回してからまた寝かせた。そのとき手すりにぶつけた跡が、塗装の欠けとして同じ高さに残っている。下りるたびに左手がそこを通る。 朝は六時に目が覚めた。八時四十分に薬缶をもう一度満たした。九時二分に台所の蛇口をひねると、ごぼ、と空気の音がして、それきり何も出なくなった。開けたままにしておくと、壁の奥で細い音が続き、それもいつのまにか消えた。 十一時ごろに下りることにした。郵便受けを二日見ていなかったし、掲示板の紙も読んでおきたかった。買い物袋に空のペットボトルを二本入れて、腕にかけた。手すりは壁のほうに一本しかない。左は肩が上がらないから、体を半分だけ横にして、一段ごとに両方の足を揃えて下りる。踊り場までが九段で、折り返してまた九段ある。下まで七十二段。三階の踊り場で足を止めて、窓の桟に手を置いて息を整えた。廊下には傘立てが一昨年の春から出したままになっていて、中には骨の折れた黒い傘が二本入っている。その部屋は空いていて、扉の管理会社の紙は一昨年の三月の日付になっている。二階の郵便受けは、投入口にガムテープを貼ったものが四つ並んでいる。四百十二戸のうち二百六十八にしか人がいないというのは、下りていくと、そういう見え方をする。自転車置き場では前輪の抜けた自転車が四台あって、うち三台が同じ向きに倒れたままになっている。 外は音がしていた。仮囲いは青くて、その上のところにだけ塔が出ている。広場に白いテントが張ってあり、蛇口の並んだ細長い台と、水色の作業着が二人いた。 白木さんはパイプ椅子を台の端に出して、紙を挟んだ板を膝に載せている。並んでいるのは四人で、そのうちの二人は台車に灯油用のポリタンクを積んでいた。 「四号棟の、三〇一の飯塚です」 「飯塚さん、三〇一ね。タンクは一世帯二つまでですから」 「二ついるんですよ。母がおりますんで」 「だから二つまで、って言ってるの。三つ目は三時を過ぎてから」 「三時ったら、もう終わりでしょう」 「終わりじゃないの。三時から出るの」 順番が来た。 「大槻さん、五〇二ね」 「はい」 「ポリタンク、あります?」 「灯油のなら」 「灯油のはやめて。匂いが移るから」 「はい」 「五階でしょう。運べるだけにしてちょうだい」 「はい」 「あとで見に行きますから」 「何を」 「上まで水が来ているかどうか。夕方に一軒ずつ回るの」 「そう」 「返事のない家があると、こっちが困るのよ。いるなら顔だけ出して」 「はい」 「掲示板、見た?」 「まだ」 「新しいのが出てるから」 そう言うと、もう次の人のほうを向いていた。 袋のペットボトルを出していると、作業着の片方が寄ってきた。 「五階ですか」 ヘルメットの横に白いテープが貼ってあって、字が書いてあったが、そこまでは見えない。関東管工という名前だけ紙で読んでいた。 「関東さん」 「はい」 「五階なんですよ」 「持ちます」 「いいです。二本だから」 「二本でも四キロありますよ」 「はい」 「四キロです」 「あの塔は、火薬でやるんですか」 「火薬は使いません。上から少しずつ、重機で崩していきます」 「そう」 「いつやるんですか」 「八月の末になります。日はまだ決まってません」 「音はどうなりますか」 「出ます。窓を閉めても入ると思っといてください」 「はい」 「タンクも余ってます。持っていってください。返しは要りませんから」 「いいです」 「もう入れてありますんで」 そのあいだに袋は相手の手に移っていた。断ったつもりだったが、断り方が声にならなかったのかもしれない。作業着はタンクと袋を両手に分けて持って、こちらを待たずに階段のほうへ歩いていった。追いつけるはずもない。三階でいつもより長く止まった。階段の内側は外より涼しくて、コンクリートを削る粉の匂いが五階の高さまで上がってきている。四階でもう一度止まり、上の踊り場から誰かが下りてくる音がしないかを聞いた。 五階まで上がると、ドアの前に袋が置いてあり、その横に白いポリタンクが立っていた。中は半分ほど入っている。口には紙のテープを貼って、水と鉛筆で書いてあった。作業着の姿は階段のどこにもなく、下の広場からは、さっきと同じ間隔で金属を叩く音がしていた。礼は言っていない。 袋を中に入れてから、掲示板を見るのを忘れたことに気がついた。 次に水が止まる日は去年の紙に書いてあるはずで、仏壇の引き出しを開けると、線香の箱の下から折り目のついた紙が出てきた。七月十五日と、八月五日。どちらも九時から三時までと刷ってある。八月の二十八日に工事が終わるとも書いてあるが、塔を壊す日は未定になっていた。紙を膝の上に置いたまま、ポリタンクの水を薬缶に移した。口のテープを剥がすときに爪が引っかかって、右の親指の先だけ白くなった。剥がした紙は流しの縁へ貼っておいた。 昼は食べずにいた。 三時十二分に台所のほうで音がした。蛇口を開けたままにしていたので、勝手に出はじめている。最初は空気を吐いて、そのあと錆の色をした水が出た。洗面器に受けると、二杯めまでは底が見えないくらい色がついた。底に細かい粒が沈んで、指でこするとその指に赤くついた。三杯めから透きとおったので、そこで薬缶をゆすいだ。去年の冬に本管を直したときも同じ色が出たが、あのときは昼過ぎには澄んでいる。錆の水は捨てずに玄関の外へ運んで、プランターにやった。紫蘇は今年は育ちが悪く、葉が縮れて、裏に細かい虫がついている。 便所は昼のあいだに一度だけ、風呂の水を洗面器で二杯運んで流した。廊下に落ちる分があって、それを拭いた雑巾がまた濡れる。三時を過ぎてからレバーを引くと、これまでと同じ音でタンクに水が溜まりはじめた。白木さんは来なかった。 浴槽の水はそのままにしてある。抜けばそのあと洗うことになるし、次は七月十五日だった。 カレンダーは台所の柱に掛けてある。七月の枠を出して、十五のところに丸をつけようとしたら、ボールペンが出なかった。紙の隅で何度か回して線を引いてみても、溝がつくだけで色にならない。引き出しを開けて、奥のほうを探した。 第四章 パク パクさん血圧の記録だけお願いします、と引き継ぎのときに言われて、あさひ苑の裏口を出たのが七月十五日の九時二十分だった。自転車は五分も漕げば背中に汗が出る。国道の歩道橋の下で信号につかまり、片足をついたまま、前の晩に田代さんが三度鳴らしたナースコールのことを考えていた。三度目は何も言わなかった。用がないのに押す人がいるのよ、と先輩の職員は言う。用はあるのだと思う。それを言葉にするのに二分かかるというだけのことで、夜の三階には、その二分を待てる人間が一人もいない。 青葉台第二団地の北東の角に立っている塔は、この道のどの位置からでも見える。六月の終わりから灰色の腹に鉄パイプが巻きつきはじめて、今朝はそれが三段になっていた。信号が青に変わってからも、少しのあいだ見ていた。 駐輪場の南半分は鋼板で囲われているので、北側の仮設のラックに入れた。チェーンの鍵は二度まわしても噛まず、三度目でかかった。 階段の踊り場に、空気の抜けた子ども用の自転車が去年から置いてある。二階まで上がるあいだに、腰の右の奥が二度、鈍く鳴った。 二〇三号室は台所の電気がついたままだった。テーブルにユナの字で「かぎ しめた」と「れんらくちょう ハンコ」と書いた紙があり、その下にプリントが四つ折りで挟んである。開くと七月の集金の紙で、二千四百円を封筒に入れて明日までに持たせることになっていた。おつりの出ないように硬貨で用意して、封筒の口はテープで留める。そこまでは去年の秋に覚えた。牛乳のパックは洗って流しに伏せてあり、その横に、昨日の水筒が中身の入ったまま置いてある。ユナは自分の水筒を洗わない。洗い方を教えたことがまだない。九歳が一人で家を出るときにやることは、去年の四月から少しずつ増えて、いま七つある。エプロンをビニール袋に入れ、洗濯機の蓋を開けて、タオルと上着を放り込み、スタートを押した。低い音が三秒続いてから、表示が「E1」に変わって止まった。 蛇口をひねる。 空気の抜ける音がして、それきりだった。トイレのタンクの蓋を持ち上げると、底に薄い輪の跡が残っているだけで、水の面はどこにもない。冷蔵庫のドアポケットの五百ミリリットルは三分の一ほど残っていて、それでうがいをして、口をゆすいだ分は流しに吐かずに、ベランダの鉢植えの土にかけた。トイレを一度流すのに六リットル要る。夕方までに三人ぶんの手洗いと、洗濯の残りと、米と、水筒がある。頭のなかで足していくと、どこかで足りなくなるのは分かるのに、何を削ればいいのかは出てこない。夜勤明けはいつも、引き算だけができない。 こたつ板の上に、来年一月の試験の過去問が開いたまま置いてある。付箋を貼った設問に、読めない字が二つ並んでいた。仕事では毎晩見ているし、処置もするし、記録にも書く。書くときは片仮名で書く。日本語の音では言えるのに、その音がその字だとは知らなかった。受験の手引きは八月に取り寄せる。実務経験証明書に施設長の判子をもらって、手数料の一万八千三百八十円を払い込む。去年は締切の一週間後に気づいた。気づいた日も夜勤明けで、そのときも、郵便受けのなかのものを全部は開けていなかった。 サンダルで一階まで下りた。集合ポストの二〇三番は蓋の蝶番が去年の春から折れていて、ガムテープで留めた隙間に指を入れて中を掻き出す。不動産のチラシが四枚と、給湯器の点検の案内と、宅配業者のマグネットと、二つ折りにされたA4の紙が出てきた。紙の上のほうに太い字が並んでいて、そのうち二つは読める。水と工事。日付らしい数字は七月一日で、本文の真ん中に、七月十五日(水)九時〜十五時、対象は五棟すべて、と書いてあった。掲示板にも同じ紙が貼ってある。画鋲の位置まで同じで、下の隅に関東管工と管理組合の電話番号が二つ並んでいた。携帯を出して撮り、翻訳のアプリに入れた。断水のところは韓国語になった。高置水槽方式、直結増圧方式、切替に伴い、というあたりは日本語のまま残って、意味の通らない語がいくつか並んだ。六月二十四日にも水が出ない日があって、あのときは故障だと思っていた。夕方には出たので、直ったのだと思っていた。掲示板にはもう一枚、紙が貼ってある。そちらは角が揃っておらず、画鋲が一本しか刺さっていない。字が太くて、数字が漢字で書いてある。何が書いてあるかは一字も読めないけれども、二枚の紙が別のところから来たことは、紙の厚さと貼り方でわかった。 管理人室の窓は開いていた。白木さんが受付の台に肘をついて、折りたたみの給水袋の口を伸ばしているところだった。 「パクさん、夜勤明け」 「はい」 「集会所の前。三時までね」 十リットルの袋を二つ受け取って、礼を言った。袋はいつ返すのか、返さなくていいのかを聞こうとしたが、後ろに人が来たので窓の前をどいた。白木さんは日誌に何か書き足してから、残りの袋の数を数えなおしていた。 集会所の前に青いタンクが二つ置かれ、その脇にパイプ椅子が一つ出ていて、理事長が座っていた。足元に犬がつないである。年寄りの犬で、腰のあたりの毛が薄い。近づくと立ち上がって、トートバッグの底の匂いを長く嗅いだ。底には使ったエプロンが入っている。理事長がリードを短く持ち直した。 「桧山さん」 「はい」 「掲示、日本語だけです」 膝の上の名簿を閉じて、立ち上がってから、頭を下げた。角度が深かった。 「申し訳ありません。周知が行き届いておりませんで」 「六月も、わかりませんでした。故障だと思っていました」 「はい」 「今日、帰ってきたら、水がありません。子どもの水筒、朝は入れました、でも夕方は、水が」 「はい」 言い直そうとしてやめた。日本語で長く話すと、途中で語の順が入れ替わる。桧山さんは待つ顔をして立っていて、待たれると余計に出てこない。四十一の体は夜勤明けの二時間ではもとに戻らないし、戻らないうちに人と話すことになる日は、月に何度かある。 「何語なら、よろしいですか」 「韓国語です」 「ベトナムの方も、たしか、いらっしゃると聞いています。何世帯かは、把握できていません」 「はい」 「工事は八月二十八日で終わります。水が止まるのは、あと一回だけです」 謝ったことの続きなのか、それとは別に言っておきたかったことなのかは分からない。 名簿の裏に何か書こうとして、赤いボールペンが出なかった。振って、紙の隅に三度こすりつけて、それでも出ない。バッグから施設の名前の入った黒いボールペンを出して渡した。八月五日、九時から十五時、と大きく書いて、その下に小さく二行足してから、その部分だけを破って渡してきた。差し出した手の甲に、輪郭のはっきりしない大きな染みがある。ペンは名簿の上に置かれた。 「次回は、ふりがなを振ります」 「ふりがなは、読めます」 「はい」 「意味が、わからないです」 もう一度、はい、と言って、手帳を開いて何か書いた。書いているものはこちらからは見えない。それから顔を上げて、何号室でしたか、と聞いた。二〇三です、と答えた。少ししてから、また同じことを聞いた。二〇三です、ともう一度言った。犬が座り込んで、リードが緩んだ。 タンクの前には三人並んでいた。先頭の男性が二十リットルのポリタンクを二つ持ってきていて、蛇口の下でいっぱいにするのに時間がかかった。並んでいるあいだ、後ろの女性が、三時に出るのか三時半なのかという話を二度した。二度目はこちらを向いて言ったので、掲示には十五時と書いてありました、と答えると、そう、じゃあ三時ね、と言われた。それから、お仕事は夜なの、大変ね、と言われて、はい、と答えた。話はそこで終わって、女性は前の男性のポリタンクの持ち手のほうを見ていた。順番が来て、十リットルの袋を二つ、口まで入れた。両手に下げて歩き出すと、袋の角が膝の内側に当たって、五歩ごとに水が左右に振れる。階段の一段目で持ち替え、踊り場でもう一度持ち替えて、二階の廊下に置いたときには、指の関節から色が抜けていた。手を開いて閉じるのを何度かやってから、鍵を出した。 台所に十リットル、風呂場に十リットル置いた。米は明日でいい。顔を拭いて、シャツを替えて、カーテンを閉め、六畳に横になった。目覚ましを十四時に合わせた。壁の向こうで重機が地面を叩く音が続いていて、規則的な音は、しばらくすると聞こえなくなる。 眠ったのは二時間くらいだと思う。 十五時十分に蛇口をひねると、空気が抜けてから、茶色い水が出た。指を入れると細かい砂のようなものが混じっていて、三分ほど流しても薄い色が残っていたので、洗面器に溜めて、それは洗濯機に入れた。「E1」は消えて、脱水まで回った。ベランダに出て干したが、この時間の二階には日が当たらない。上の階の物干しの影が手すりの上を横切っていて、その向こうに、鉄パイプの巻かれた塔が立っている。工事の車が二台、北の門から出ていくところだった。昨日と同じ位置に同じものが見えるので、水が出ていた時間と出ていなかった時間の区別は、外からは付かない。桧山さんの紙は、冷蔵庫の扉の、ユナの時間割の隣に磁石で留めた。八月五日の五の字だけが、ほかの字より大きい。 十五時四十分にユナが帰ってきた。ランドセルを下ろすより先に冷蔵庫を開けて、麦茶のポットが空なのを見て、何も言わずに閉めた。 「学校、水は出た」 「出た。うちだけ止まってたの」 「団地だけ。工事」 冷蔵庫の紙を指さすと、両手で外して、声に出して読んだ。八月五日、九時から十五時。それから下の小さい二行のところで止まって、もう一度、最初から読み直した。 「なんて書いてある」 「ごめいわくをおかけしますが、ごりかいとごきょうりょくを、おねがいいたします」 「意味は」 「わかんない。こういうやつは、こう書くの」 ペン立てを見た。施設のボールペンは、そこにも、引き出しの奥にも無かった。夜勤の記録を書くのに一本しか持っていないので、明日までに買う。連絡帳はユナの鉛筆で書いて、朴、と彫った三文判を押した。去年、駅前の店で八百円だったもので、朱肉が乾きかけていて、一度目が薄かった。少しずらして二度押すと、輪郭が太くなる。集金の封筒に硬貨を数えて入れ、口をテープで留めて、ランドセルの手前のポケットに自分で入れさせた。それから昨日の水筒を流しに出して、洗い方を一度だけやって見せた。蓋のパッキンは外す。外したものは失くす。失くすと同じものは売っていない。 「おかあさん、八月五日、仕事」 「夜勤」 「じゃあ、わたし、水ためとく」 「お風呂の桶に。前の日の夜に」 第五章 佐久間 六月八日から音が増えた。地面を叩くもの、金属を切るもの、車が後ろへ下がるときの電子音、それに人の声。剛はこのひと月半のあいだに、壁の向こうから届く音の順番で一日の目盛りを取るようになっていて、枕もとの目覚まし時計は一昨年の春から電池が切れたままになっている。八時十二分ごろに軽トラックが敷地へ入ってきて、しばらくしてから朝礼らしい声がひとかたまりになり、九時の少し前に削岩機が始まる。正午にきっかり止まる。十三時に戻ってくる。三時のあたりで十二分ほど何も鳴らない時間があって、その十二分のあいだだけ、台所の冷蔵庫が低く唸っているのが聞こえた。 窓は閉めたままにしてある。 エアコンはつけていない。六月の電気代が去年の同じ月より千三百二十円上がったと母が言った日から、扇風機の首振りを止めて自分のほうへ向けたまま使っている。羽根の内側に埃が細く積もっていて、風には毎回わずかに埃の匂いが混じった。畳に胡座をかいて膝の前に麦茶のペットボトルを置いてしまえば、そこから日が暮れるまで動かずにいられる。壁の一部が日に何度か細かく震えるのを、初めのうちは工事のせいだと思っていたが、震えているのは壁ではなく、壁に立てかけたカラーボックスの背板のほうだと先週の火曜に分かった。分かったところで直す種類のものではない。畳の目に沿って、去年こぼした醤油の輪が薄く残っていて、その輪の内側だけ埃が乗りにくい。テレビは去年の秋から半分しか映らない。契約をひとつ切ったときに何かの手順を間違えたらしく、地上波も三つしか出ないうえ、そのうち二つは砂の混じった画面になる。直してもらうには人を上げることになるので、このままでいいと母には言ってある。 給水塔は敷地の北東の角に立っている。二十一・五メートルあると回覧板の説明に書いてあった。この部屋の窓からも、閉めたガラスとレースのカーテン越しに、上の三分の一くらいが見える。四十立方メートルの水がそこに溜まっていて、五棟四百十二戸のうち、いま人が住んでいる二百六十八世帯の蛇口へ、その水が下りてくるのだと母は説明した。下りてくる、という言い方が正しいのかどうかは知らない。ここは一階で、たぶん一番あとに水の届く場所だった。人が入り始めたのが一九七一年で、建物は築五十五年になる。廊下側の壁は去年の夏に一部が剥がれ落ちて、その下から錆びた金網のようなものが出たまま、まだ何も貼られていない。 十二時十八分ごろに襖が開いて、母が盆を持って入ってきた。素麺の皿と、つゆのガラス器と、切ったトマトが三切れ。畳に盆を置くとき、右の膝を先に落として、それから左手を畳につく。去年の冬からその置き方になっている。膝の内側に湿布を貼っていて、部屋に少しその匂いが移った。 「白木さんがね、下で」 つゆの器が傾いて、盆に少しこぼれた。母はそれを指で拭って、指をズボンの腿で拭いた。 「排水口に砂が溜まるって。工事の粉が、雨のときに流れてくるからって」 「うん」 「素麺、これで最後。あと乾麺が二把」 母は襖の枠に手をかけて立ち上がり、そのまま出ていかずに、部屋の隅の段ボールを見ていた。四月に届いた米の空箱で、潰さずにそこに置いたままになっている。トマトの皿の縁に、洗剤の白い跡が爪の形に残っていた。 「この前の十五日、九時から三時まで水が止まったでしょう。あんた、気がついた」 「風呂に溜めてあったから」 「桧山さんの奥さん、亡くなってもう三年だって。井坂さんが言ってた。反対が七十四もあったのに通ったのは、委任の二十六が全部賛成に回ったからだって、そういう話をずっとしてる」 「うん」 「一億一千四百万。積立から出るのよ。うちが二十三年ぶん払ったのも、そこに入ってる」 母は盆の縁を親指で撫でながら、五階の大槻さんの話を始めた。八十九になる人で、一九七一年に入ったときからずっと五〇二にいる。この頃は階段の三階の踊り場で必ず一度休むようになって、休んでいるところを見られるのが嫌なので、人の少ない時間を選んで下りているという。ここにはエレベーターが無い。五階建ての五棟とも、造ったときから無い。 そのあと母の話は郵便受けの鍵に移った。一〇五号室の受け口の蓋が閉まらなくなったのが五月の連休の前で、管理人室には二度言ったが、工事のほうが優先で業者の日程が取れないらしい。蓋が閉まらないので、雨の日は中の紙が湿る。湿ると、市役所の封筒でも金融機関の封筒でも、糊のところが先に波打つ。母はその話を、素麺が伸びるかどうかとは関係なく最後まで話してから出ていった。伸びた素麺は、つゆに沈めて全部食べた。 十三時を四分過ぎて削岩機が戻ってきた。 洗面所で蛇口をひねると、最初の三秒か四秒だけ水が薄く茶色く濁って出て、それから透明になった。手のひらに受けて流し、もう一度受けて、今度は飲んだ。鉄の味がした。鏡には、六月にバリカンで自分で刈った髪の伸びかけた頭が映っていて、右の耳の上だけ長さが揃っていない。毎回そこが残る。鏡の左下の隅は銀が剥げていて、顔のその部分だけ写らないので、剃り残しは指で確かめるしかない。爪切りを持ってきて、洗面台の上で左手から切った。親指の爪は切ると必ず縦に割れる。割れた先を歯で整えるのを、母がいるときにはやらない。 最後に敷地の外へ出たのがいつだったか、正確には言えない。市役所から来た封筒の日付から数えると、九年と七か月になる。玄関のドアの内側には、母の診察券のコピーと、緊急連絡先を書いた紙が画鋲で留めてあって、その紙の下の端が丸まっている。丸まったところを直そうとして手を伸ばした日が一度あって、直さずに部屋へ戻った。 台所の棚から母の薬の袋を出してきて、曜日の書かれたプラスチックの箱に分けた。朝と昼と晩で錠剤の数が違い、水色の一錠だけは朝しか入らない。二週間ぶんを詰め終えると、袋には日曜の晩のぶんが一回多く残った。前の二週間で、母がどこかで一回飲み忘れている。箱を棚の上の、母が背伸びをせずに届く高さに戻した。この作業を頼まれたことはないし、母がこれについて何か言ったこともない。 十四時を過ぎると、削岩機の音の間隔がまばらになった。 十四時三十八分ごろ、玄関で鍵の回る音がして、母がサンダルを履いて出ていった。しばらくして、階段の下り口のあたりから母の声が届いた。ガラス越しでは抑揚だけが伝わって、言葉の形にならない。もう一つの声は女の声で、管理人の白木さんのようでもあり、二階の人のようでもあった。二人分の声が交互に上がったり下がったりして、ときどき重なった。 畳から立って、窓の前まで三歩だった。クレセント錠を回し、サッシを右へ引いた。 音が全部入ってきた。削岩機と、金属の擦れる高い音と、どこかで鳴っている有線の歌謡曲と、その手前に母の声。粉の匂いと熱が一緒に入ってきて、レースのカーテンが内側へ膨らんで顔に触れた。窓枠のレールに、砂と、去年の枯れ葉の細かい破片が溜まっていた。 「──だから来週、検査で。朝から出るのよ。ゴミ、お願いできる」 「いいですよ。何時ごろ」 「息子は、ええ、ですから」 「砂ね。うちも、ベランダの排水のところ」 「そうそう。掃いても掃いても」 「五日にまた止まるって、貼ってありましたね。九時から三時まで」 「うちはもう溜めないの。桶を持ち上げるのが」 こちらを見る者はいなかった。窓は一階だが、母たちが立っているのは花壇と自転車置き場を挟んだ八メートルほど先で、しかも背中がこちらを向いている。自転車置き場には、赤い札を針金で括りつけられた自転車が四台あって、そのうち二台は前かごに雨水と枯れ葉が溜まったままになっている。札の赤はどれも褪せて、桃色に近い。 給水塔は、仮囲いの緑色のシートから上が全部見えた。ガラス越しに見ていたときより、コンクリートの表面の縦の筋が濃く見える。足場が塔の胴にぐるりと巻きついていて、その一段目のあたりに白いヘルメットの人が立ち、腰の道具袋から何かを取り出して、また戻した。塔の脚のところに、丸い管が地面に平らに並べてあった。青いホースが一本、そこから伸びて、地面を這って仮囲いの内側へ消えている。日は強くて、給水塔の影は北東から団地の三号棟の側面へ長く伸び、その影の中に、洗濯物を干した五階のベランダがいくつも入っていた。仮囲いの角には白い看板が立ててあって、この部屋からでは文字の形までは読めない。六月八日から八月二十八日まで、と書いてあると母が読んできて教えた。会社の名前は関東管工といって、その二文字目を母は最初「かん」ではない読み方で言っていた。 窓を開けただけだった。 母の声がやみ、サンダルの音が階段のほうへ動いて、それから聞こえなくなった。しばらく立っていた。腕に日が当たって、その面だけ熱くなった。それから畳に座って、麦茶を飲んだ。窓は開けたままにしておいた。開けておく理由を自分に説明しなかったし、閉めない理由も説明しなかった。扇風機の風と外の熱が部屋の真ん中でぶつかって、埃の匂いが少し薄くなった。 削岩機の音は、窓を閉めていたときの倍の大きさで鳴っていて、その大きさに耳が慣れるまでに、有線の歌謡曲が三曲変わった。慣れると、音の下にもっと細かい音があるのが分かる。金属が金属に当たる音の間隔が一定でないこと、人の声が二種類あって、片方は年上らしいこと、どこかで水が流れっぱなしになっていること。慣れたあとも、外の光の量にはまだ慣れなかった。畳の色が、思っていたよりずっと黄色い。カラーボックスの上の段の背表紙が、右へ行くほど白く焼けているのも、この明るさで初めて見えた。震えているのはやはり背板のほうで、開けた窓から入る音のほうが強いのに、震え方は前と変わらない。 十五時二十二分ごろ、玄関の鍵が開いて、母が入ってきた。台所で水を出す音がして、コップを置く音がして、それから襖が開いた。回覧板を胸のあたりに抱えている。 「開いてるね、窓」 それきり窓のことは言わなかった。母は畳に座って回覧板の紐をほどき、老眼鏡を額から下ろした。上から二枚目の紙を指で押さえて、声に出して読んだ。 「八月二十六日に、あれ、壊すんだって。重機を入れるから、その日は駐輪場のこっち側は使えませんって」 「うん」 「その前に、八月の五日にもう一回、九時から三時まで止まるって。あんた、風呂は前の晩ね。二十八日で全部終わり」 紙をめくる音がした。母は次の紙を長く見ていた。回覧板は今日じゅうに一〇六へ回さなければならないが、一〇六は日中いないので、夕方まで玄関の三和土に置いておくことになる。老眼鏡を額へ上げ、湿布の匂いのする膝を掌でさすってから、母は回覧板を閉じた。窓の外では、金属を切る音がまた始まっていた。 「壊す日は、水は出るって書いてある。出るなら、いいけど」 第六章 亀井 八月に入ってからの十二日で、足場は塔の根もとから首のあたりまで伸びた。単管が一段組まれるたびに影の落ちる場所が変わるので、陽向は三号棟の三階の外廊下の手すりに腹をあずけて、そのたびに見ていた。組んでいるのは四人で、そのうちの二人は昼前に入れ替わって別の顔になる。下にいる一人が単管を垂直に立てて上へ渡し、上の二人がそれを受けて金具で留めるまでに、だいたい十いくつ数えるくらいの間があった。緑のメッシュシートは下から順に張られるから、腰から下だけ緑になった塔は着替えの途中で止まったみたいで、上に残ったコンクリートの灰色がかえって古く見えた。塔の腹の高いところに縦のひびが一本入っていて、そのひびは、シートがそこを越していくまでずっと見えていた。 登れる。 そう思ったのは、七月の終わりに階段式の昇降口が組まれた日だった。それまで陽向が頭の中でやっていたのは梯子を上ることで、梯子だと腕がいる。段なら足でいい。掲示板に貼ってある工事のお知らせには、塔の高さが二十一・五メートル、容量が四十立方メートルと書いてあって、陽向は六月のうちにその二つをノートのうしろのほうへ写していた。自由研究にするつもりだった。写したあとで何を書けばいいのか分からなくなって、ノートは机の左の山の三冊目あたりに埋まったままになっている。夏休みは十八日残っていた。 三年生が引退してから卓球部の練習は火曜と金曜だけになって、八月に入ってからの二回とも行っていない。聞かれたときのために腹をこわしたという言い方を用意してあったが、誰からも聞かれなかった。有働は四月に熊谷へ行った。家は二号棟の一階で、引っ越しの日に手伝いに行かなかったのは塾があるからだと言ったからで、その日に塾はなかった。去年の秋に、二人で塔の下まで来たことがある。 「なあ、あれ登れるかな」と言ったのは有働のほうだった。 「登れるわけないじゃん」 「足場みたいの組んだら登れるって」 「組まないだろ、そんなの」 「組んだら登ろうぜ」 「うん」 そのときはまだ足場は無くて、下の扉に鉄の板が溶接してあり、赤い錆が縦に流れた跡がついていた。 昼のあいだ、現場には白いヘルメットが一人いて、その人だけ図面らしいものを丸めて持っている。ほかの人たちよりだいぶ若く見えた。仮囲いの継ぎ目から中を覗いていたら、その人がゲートのほうから出てきて、パネルの端を手前に引いて隙間の幅を狭くした。 「入ったらだめだよ、ここ」 「見てるだけです」 「見るのはいいけど、そこ下がってて。上から物、落ちるから」 「はい」 怒った言い方ではなかった。 「学校は」 「夏休みです」 「そっか。暑いね、今年」 「はい」 「毎日いるよね、そこ」 「見てるだけです」 「うん、それはさっき聞いた」 その人は自販機のほうへ歩いていった。陽向は戻ってくるまで同じ場所から覗いていた。缶を二本持って帰ってきて、片方を上にいる人へ投げて渡した。 掲示板の前に大人が四人立っていて、そのうちの一人だけが声を大きくしていた。 「だから、それを決めたのは去年の総会でしょう」 「決めたって、あんた来てないじゃないの、あの日」 「行きましたよ」 「委任状を出しただけだろ。同じことだよ」 「じゃあ、次の大規模修繕のぶんは誰が出すの。あんた出す?」 「そういう話は理事会でやってくださいよ」 「まあまあ、朝からやめましょうよ」 陽向は自転車を押してうしろを通った。 三〇四号室の陽向の部屋は西を向いていて、夕方から夜の十時ごろまで壁が熱を出しつづける。扇風機は首振りが壊れていて、机のほうを向けたまま置いてある。網戸の下の隅が二センチほど破けていて、そこから蚊が入ってくるのを、去年からどちらも直していない。八月五日の断水のときに玄関へ並べた二リットルのペットボトルが、六本のうち四本、まだ靴箱の横に残っている。残りを母は捨てるとも使うとも言わない。 母は九時四十分に帰ってきて、レジ袋を三つ、流しの前の床に置いた。片方の足だけサンダルを脱いだ姿勢でしばらく立ち止まってから、冷凍のものだけを冷凍庫に入れて、あとは袋のままにした。袋の口から見えていたのは半額の札が貼られたパックで、そういう日はその週の遅番が四日目に入っている。 「風呂、入った」 「まだ」 「先入っちゃって。お母さん足だけでいいから」 湯を張る音がしているあいだ、母はテレビをつけずに椅子に浅く座って、左のふくらはぎを両手で揉んでいた。 「店長がまた変えたのよ、レジの立ち位置」 「聞いた」 「二番と三番を入れ替えて、袋詰めをいちばん端に置くって。誰が考えたんだか」 「それ、聞いた」 「先週も言った?」 「言った。二回」 「そう」 先週から数えて三度目だった。三度とも、揉んでいるのは同じほうの脚だった。 「あれ、いつ壊すの」 「え?」 「塔」 「ああ。知らない。掲示、貼ってあるでしょ」 「見た。日にちは書いてない」 「じゃあ、まだ決まってないんでしょ」 母は立って、袋の口をひとつずつ結び直した。 「ゴミ袋、もうないから。明日、帰りに買っといて」 「うん」 「いつものやつね。三十リットルの」 母は十一時になる前に自分の部屋の電気を消した。 十一時二十分に玄関で靴を履いた。台所の引き出しのいちばん奥に軍手が二組あって、片方は指のところが黄色くなっている。黄色いほうを持った。懐中電灯も持ったが、外に出てからは一度も点けなかった。 階段は三階から一階まで四十四段ある。 一号棟の前には前輪のない自転車が三年ほど同じ場所にあって、籠に空き缶が二つ入ったままになっている。一〇五号室の窓は、カーテンの合わせ目から青いものが動いているのが見えた。二〇三のベランダには、この時間に洗濯物が四枚下がっていた。集会室の前に白木さんが昼のうちに出しておいた三角コーンが二つ倒れていて、陽向はそれを起こさずに通った。犬が一度だけ吠えて、すぐにやめた。四号棟のほうだった。 仮囲いは高さが三メートルほどの鉄のパネルで、ゲートにはチェーンが回してあり、南京錠がかかっている。敷地の北東の角は生け垣に沿って地面が低くなっていて、パネルの下に十五センチほどの隙間ができていた。腹ばいで入ると、Tシャツの前が土でざらついた。 中は、外から見ていたときよりずっと広かった。土が掘り返してあって、青いプラスチックの管が三本、番線で束ねて置いてある。ドラム缶の上に、飲みかけのペットボトルが二本並んでいた。塔の足もとまで来て見上げると、首がうしろへ倒れるところまで倒れた。 昇降階段は一層ぶんが十二段で、そのたびに折り返す。二層目までは家の階段と変わらなかった。三層目で足場が揺れた。揺れは踏んだ足のところから来て、上のほうまで行ってから戻ってくる。陽向はそこで一度だけ下を見て、そのあとは見ないことにして、手すりの内側の単管を握り直した。単管には白いペンキで数字が書いてあって、四層目のところが二十六で、そこから先は書いてある面が内側を向いていたので読めなかった。四層目の途中で道路を大きい車が通り、その音は空気からではなく足の裏のほうから来た。汗が眉の上から落ちて左の目に入り、目をつぶったまま二段のぼった。七層目で首のうしろを蚊に刺された。右の軍手が指のところでずれてきて、直すために片手を離していた時間が、自分で思っていたよりずっと長かった。九層目でメッシュシートが下から風をはらんで、腹に当たるくらい膨らんだ。折り返しは全部で十二回あった。 上まで行っても、塔のてっぺんに立てるわけではなかった。足場は胴のいちばん上より少し下で終わっていて、そこから先はコンクリートの縁と、点検口の鉄の蓋と、錆びた梯子が二メートルほど続いている。蓋には、ゲートにかかっているのとよく似た形の錠がついていた。胴に手のひらを当てると、下から見ていたときに思っていたよりざらついていて、ところどころ表面が剥げて中の石の粒が出ている。しばらく耳をつけてみたが、四十立方メートルの水の音がしているのかどうかは分からなかった。低い音は確かにあって、それは道路のほうから来ているのかもしれなかった。手をかけるところを探しているうちに、縁のすぐ下に、釘か何かの先で彫った字があるのを見つけた。〈57・8・15〉と読めた。その下に二文字あったが、上のほうが欠けていて分からなかった。五十七年がいつのことなのか、陽向には見当がつかなかった。 団地は、上から見ると屋根の色が五棟とも同じだった。屋上にはどれも低い手すりと、四角い箱と、たぶんドアが一つずつある。街灯は敷地の中に七本あり、そのうちの一本が点いていない。もっと向こうに駅のほうの建物が固まっていて、いちばん高いところで赤い光が一定の間隔で消えたり点いたりしている。貨物の音が長く聞こえて、聞こえなくなるまでに思っていたより時間がかかった。五〇二号室の窓には電気がついていた。自分の部屋のある側へ回ってみようとしたが、足場はその向きには続いていなかった。 見えるものは、下から見えていたものと同じだった。上から見えているというだけで、下で見上げていたときにここから見えるはずだと思っていたものは、どこにもなかった。何を思っていたのかを思い出そうとしたが、思い出そうとしている形のほうが先に消えて、残ったのは屋根の色が五つとも同じだということだけだった。縁に軍手をついたまま、しばらくそこにいた。何分いたのかは分からない。 有働の番号は携帯に入っている。四月から一度も押していない。 降りるほうが時間がかかった。段の鉄板に夜露が来ていて、二層目で足がすべり、右のすねを継ぎ手の金具にぶつけた。痛みが出るまでに少し間があった。地面に足がついたときには膝が二つとも固まっていて、しばらくのあいだ歩幅が出なかった。外に出てから、パネルを押して元の位置に戻した。 軍手は黒くなっていた。手のひらの側が赤茶けて、右の人差し指のところが破れている。引き出しには戻せないので、洗濯機のうしろの隙間に落とした。洗面所で手を洗うと、水が最初のうちだけ茶色くなった。皺の中の色は落ちなかった。爪の際も落ちなかった。 母は七時十分に起きて、洗面所の電気を点けたまま台所へ行った。 「すね、どうしたの」 「自転車」 「どこで」 「駅のほう」 「いつ」 「昨日の昼」 すねの傷は乾いていなくて、夜のうちにシャツの裾で二回拭いていた。母はそれ以上聞かずにパンをトースターへ入れ、つまみを回した。 「軍手、どこやった」 「知らない」 「二組あったでしょ。黄色いやつ」 「見てない」 「使ったなら使ったでいいのよ。汚れたっていいんだから」 「見てない」 母はしゃがんで引き出しの奥に手を入れ、白いほうを出してレジ袋に入れた。 「今日ね、掃除当番なの。床のワックス剥がすんだって」 「ふうん」 「剥がすほうが塗るより手間なんだからね。塗るのは機械がやるんだから」 袋の口を結びながら、母は流しのほうを向いていた。 「自由研究、なにやってんの」 「まだ」 「まだって、あと何日」 「十七日」 「なら、まだか」 母は玄関で靴を履いた。 「洗濯機、回しといて。ボタンは真ん中の」 「うん」 鍵の音がしてから、陽向は洗面所へ行って洗濯機のうしろの隙間に腕を入れた。指の先が軍手に届かなかった。 第七章 井坂 五時半に目が覚めて、井坂秀夫はまず風呂場へ行き、栓の縁を指で押さえた。ゆうべ十時から溜めた湯は、縁の下三センチのところで止まっている。台所には二リットルのペットボトルが十一本と、ホームセンターで千二百八十円だったポリタンクが二つ、流しの下から引き出して口を上に向けて並べてある。片方の蓋は去年から緩くて、横にすると継ぎ目からゆっくり滲む。蛇口を細く開け、タンクの底に当たる音が変わるまで待った。朝の右の親指はこわばっていて、米袋を留めていた輪ゴムを外すのに二度やり直した。四合を研いで、水を張ったままにしておく。炊飯器の予約は六時四十分に入れてある。芳江は朝に米を食べないと、あとの薬が胃に来る。九時に止まる。六時間、出ない。 芳江はまだ起きてこない。 電話台の上には、去年十一月の総会の議案書が置いたままになっている。表紙は薄いクリーム色で、角が反り返り、付箋が七枚はみ出している。四十一年、都内の印刷会社にいた。最後の十二年は校正の部屋で、朱を持って数字を拾う仕事をしていた。刷ってしまえば直らないから、合計が一円合わないうちは版を回さない。校了紙に赤を入れる係が六人いた部屋は、井坂が辞める四年前に二人になり、辞めた年の暮れに部屋ごと無くなった。指の先で紙の目を確かめる癖と、数字の並びだけが手に残っている。その手つきのまま議案書を開いて、十二ページの内訳と総額が四万二千円ずれているのを見つけた。総会の日にそれを言うと、後ろのほうで短い笑いが起きた。四万で何が変わるのかという顔が、いくつも並んでいた。実際、四万では何も変わらない。ただ、この紙を誰も検算していないということだけは、その四万二千円が証明していた。 ノートは五冊目の半ばまで来ている。 六月一日の残高が一億二千九百四十万で、そこから工事に一億千四百万が出ていくから、残るのは千五百四十万になる。積立金は一戸あたり月五千八百円だが、四百十二戸のうち実際に入っているのは二百九十六戸ぶんで、月に百七十一万、年にして二千六十万にしかならない。残りの百十六戸は、相続が終わっていないか、所有者の所在が分からないか、そうでなければ単に払っていない。二〇三六年まで積んで二億六百万、そこへ残りの千五百四十万を足しても二億二千百四十万にしかならず、その年に必ず来る外壁と屋上防水の概算は三億二千万と書いてある。足りない分を今から埋めるには、一戸あたり月に二千八百円上げるほかない。年金から二千八百円を、百二十回出させることになる。 八時四十分に部屋を出た。 三号棟の階段は、踊り場ごとに自転車が寄せてある。二台は前輪が無く、一台は防犯登録のシールが二〇〇九年のまま錆びついていた。一階の集合郵便受けは端から四つ目の扉が外れて、去年からガムテープで留めてある。掲示板には断水の紙と、粗大ごみの出し方と、夏祭りを今年もやらないという紙が、上下に重なって貼られていた。刷ったビラは一枚も残っていない。両面テープの跡が四角く、掲示板の右下に灰色になって残っている。A4を四つに切ったものを二百枚、家のインクジェットで、黒だけで刷った紙だった。刷ったのは去年の総会の四日前で、印刷に二時間、断裁機の無い台所で四つに切るのに一時間かかった。途中で黒が切れて、カートリッジをもう一本買った。二千六百八十円だった。総額と内訳と二〇三六年の見積を並べて、最後の一行には、反対ではなく、検算してくださいと入れてある。 集会所の前に一トンの仮設タンクが二基据えられ、関東管工の白いワゴンが横付けされている。若い作業員が二人がかりでホースの継ぎ目を締めていた。九時前から、鍋やヤカンや、内側に水滴のついた米びつを提げた人が並びはじめる。列の三番目にいた男は、二十リットルのタンクを台車に載せてきていた。満杯にすれば二十キロを、四号棟の三階まで上げることになる。前のほうにいた女は、二リットルのボトルを四本、レジ袋を二重にして提げていた。袋の持ち手が指に食い込むので、途中で腕に掛け替えていた。現場代理人の三宅という男が、ヘルメットを脇に抱えて列の横を歩き、一人ずつに頭を下げていた。 「三時には出るんだね」 「はい、十五時の予定です。出はじめは濁りますので、三分ほど流してからお使いください」 「濁るのか」 「錆です。飲んでも害はありませんが、洗濯には」 そこまで言ったところで若い作業員が三宅を呼んだ。三宅は井坂のほうへ手のひらを一度上げて、タンクの脇へ小走りに行った。人を立たせたまま行くような男ではない。ただ、忙しいというだけだ。反対の側に立っているからといって、この団地でこちらを避ける人間はほとんどいない。避けるほど、誰も工事に関心が無い。 管理人の白木さんが給水所の端にクリップボードを抱えて立っていて、五階の大槻さんのところへ誰か上げてくれないかと言った。渡された十リットルのタンクは十キロある。二階と三階のあいだの踊り場で一度置いて、持ち手を左に替えた。腰は去年の暮れから、重いものを提げると右の尻の後ろが痺れる。四階でもう一度置いた。五〇二の呼び鈴は押しても鳴らないので、鉄の扉を三度叩いた。 大槻スミは腰を折ったまま出てきて、井坂を山根さんと呼んだ。 「山根さん、悪いねえ」 「井坂です」 「あの塔はね、できたときは白かったのよ。ペンキじゃなくて、コンクリートがまだ白いの」 「そうですか」 「うちの人が、あれで水が五階まで来るんだと言ってね。ほんとに来るのかいって聞いたら」 そこで言葉が切れた。上がり框の内側にタンクを置き、蓋を半分だけ緩めて、指の入る角度に向きを直した。三和土には男物の靴が一足、爪先を外に向けたまま置いてある。奥の廊下に洗面器が三つ並べてあって、そのうち二つには水が張ってあった。茶を出そうとするのを断って、扉を閉めた。上るより、下りるほうが膝に来る。手すりはどの棟も片側にしか付いていない。二階まで下りたところで、上のどこかで掃除機が動きはじめた。 昼を家で食べてから、また下へ降りた。十二時四十分、集会所の脇の日陰に桧山がいた。犬を連れている。鼻の周りの白くなった雑種で、アスファルトが熱いのか、縁石のほうへ体を寄せて座り込んでいた。桧山は縁石には腰を下ろさず、リードを短く持ち替えて、塔の耐震診断の話から始めた。補強に六千二百万かかって、それでも保つのは十五年、高置水槽の清掃と点検に年百八十万、ポンプの更新も八年以内に来る。直結にすれば年六十万で足りる。同じ資料は井坂も持っている。その部分に反論する気は最初から無い。 「その計算は合ってる。俺が言ってるのは残高のほうだ」 「残高も総会で出した」 「出した。四百十二戸のうち、賛成が百六十八だ。四割だよ」 「反対は七十四、委任が二十六だ」 「合わせて二百六十八。今この団地に住んでる世帯の数と、ぴったり同じ数だ。残りの百四十四戸には票が無い。所有者の所在が分からんからな。票の出せない戸のうち、まだ積立金を入れてるのが二十八戸ある。入れてないのが百十六戸だ。その百十六戸ぶんを、払ってる連中が十年かぶることになる」 「それは工事の話じゃない。組合の話だ」 「同じ財布だ」 桧山は返事をしなかった。犬が前脚を伸ばして腹をつけ、舌を出したまま脇腹を速く動かしている。桧山が腰を落として、犬の首の後ろを二度叩いた。手の甲に、四角い保護テープが縦に貼ってあった。 「三億二千万の概算は、十二年前の単価で組んである。上がることはあっても下がらない。役所にいたなら分かるだろう」 「分かる」 「分かってて通したのか」 「水が出なくなってからじゃ間に合わん」 「二百六十八世帯のうち、六十五から上だけで暮らしてる世帯が百四十一ある。去年の名簿を自分で数えた。二〇三六年にその百四十一がどうなってるか、あんたにも分かるだろう。二千八百円上げるかどうかを決める総会に、その半分は出てこない。出てこない人間の分を、出てくる人間が決めることになる」 「決めなきゃ何も進まん」 「進まなくていいとは言ってない。順番の話だ。いくらまで上げられるかを先に決めて、それから何をやるかを決める。逆にやったら、最後まで残ったほうがかぶる」 桧山は名簿の数字を否定しなかった。胸ポケットから折り畳んだ紙を出しかけて、開かずに戻した。そこで日陰の線が動いて、犬の後ろ脚だけが日向に出た。桧山は立ち上がってリードを引いたが、犬は前に出ずに、四本の脚を突っ張るようにして踏ん張った。抱え上げるでもなく、桧山はそのまま二十秒ほど待った。待っているあいだ、井坂も何も言わなかった。給水所のほうで、蛇口を閉め忘れた誰かに向かって作業員が声を張っている。 「うちの戸に貼ってあったやつ、あれもあんたか」 「掲示板のは俺だ。戸に貼るのはやらない」 「そうか」 それ以上は聞かれなかった。誰が貼ったのかを井坂は知らないし、知っていても言うつもりは無かったが、こういう答え方をすれば知っていると取られるということも分かっていた。桧山は犬のリードを持ち直して、この犬は去年から階段の下りるほうを嫌がるようになった、と言った。上がるのは自分で上がる、下りるときだけ動かなくなる、と。井坂は自分の腰のことを言わなかった。犬は九年前の秋に一匹死んだきり、飼っていない。餌と、病院と、置いていく先の三つを紙に書き出して、そこで止めた。十三時を回ったところで、桧山は北の角のほうへ歩いていった。仮囲いの向こうは、この日は削岩機の音がしない。断水の日は上の作業を止める段取りになっている。 部屋に戻ると、芳江が茶の間で扇風機の前に座っていた。膝は去年の十月から水が溜まりやすくなり、通院の間隔が四週から三週に縮まっている。三時になっても蛇口は空気の音しか出さなかった。十五時十四分に洗面所のほうで管が鳴り、赤茶けた水が出た。蛇口の下に洗面器を置いて、上から色を見ていた。赤茶けたのが薄い茶になり、しまいには鉄の匂いだけが残った。言われたとおり三分流した。二分ほどで透きとおったが、残りの一分もそのまま出しておいた。ノートの左の欄に、十五時十四分、濁り二分、と書き入れた。その下に一行、水は出る、と書いて、線を引いて消した。ペットボトルの十一本は蓋を開けないまま、棚の下へ戻した。 湯船の湯は捨てずに置いておく。次の断水は無いはずだが、工事は八月二十八日まで続く。 「九月の何日だったかね、膝の水を抜くのは」 「十一日の二時」 「明日のごみは、燃えるほうだったかね」 第八章 三宅 八月五日の断水は九時からで、三宅は六時四十分に仮囲いの扉を開けた。夜のあいだに敷鉄板が一枚ずれていて、その隙に軍手が片方落ちている。拾って腰の後ろへ挟み、掲示の紙が四隅とも留まっているのを確かめてから、資材置場の南京錠を外した。上尾市水道部の応急給水車が来るのは八時十分で、それまでにE棟脇の駐車場へ仮設の給水栓を四口立てておかなければならない。七時の時点で二十九度あった。先週本社から回ってきた通達には、暑さ指数が二十八を超えたら三十分ごとに十分休ませろと書いてあり、そのとおりにすると一日の実働は四時間台まで落ちる。工程表の八月の欄には、六月に引いた線の上へ赤でもう二本、引き直した線が重なっていた。 給水車の運転手は思っていたより若かった。 「二トンで足りますか」 「三時までなので、それで」 運転手はホースを二本だけ下ろし、残りを荷台に載せたまま日陰へ煙草を吸いに行った。三宅は自分で残りを引き出し、金具の噛みを確かめてから端の栓をひねった。最初に錆の色が出た。三十秒ほど流して透きとおったところで締め、九時十分前に人が並びはじめると、ポリタンクを積んだ買い物カートが仮囲いの角まで列になった。 「満水にすると二十キロを超えます。十リットルのほうがいいですよ」 「二十で足りるかね」 「足りなければまた並んでください」 二十リットルのタンクを提げてきた人は、黙って十リットルのほうへ移った。灯油用の赤いポリタンクを持ってきた人がいて、中を洗って口を確かめてから入れてもらった。 「これ、飲めるの」 「飲めます」 「うちの人が、こういうのは沸かせって言うんだけどね」 「そのままで大丈夫です。気になるなら沸かしてください」 飲めるのかと、そのあと二人に聞かれた。答えるたびに一拍遅れた。列の後ろのほうで、塔はいつ壊すのかという声が二度した。三十分のあいだに三度、三宅はタンクを持って階段を上がった。四階と、五階と、もう一度五階。踊り場の窓は全部が同じ高さで開いていて、どの階も同じ位置に消火器が置いてあり、三階と四階のあいだで足を止めてタンクを持ち替えた。三度目の部屋の玄関には去年の秋の防災訓練の案内がまだ貼ってあり、その隣に、六月の説明会の日程が同じ画鋲で留めてあった。 九時二十分に管理人室から電話が入った。白木は用件より先に必ず名乗る。 「管理人室の白木です。三件、よろしいですか」 「風呂の湯が茶色いのが一件、洗濯機が途中で止まったのが一件、それから、給水車が邪魔で車が出せないという方が一件」 「車の方はどちらに」 「E棟の前で待ってらっしゃいます」 三宅は三件とも復唱して手帳に書き写し、給水車の件だけ先に片づけた。車の持ち主は五十くらいの男だった。 「これじゃ出られないんだけど」 「すぐ下げさせます」 「免許の更新なんだ」 「七分ください」 そのあとは何も言わずに待っていた。給水車が二メートル下がるまでに、言ったとおり七分かかった。 濁りの説明は毎回おなじことになる。五十五年ぶんの錆が管の内側にこびりついていて、流れが止まると剥がれ、通水のときに一緒に出てくる。 「二分ほど流してから使ってください」 「二分も出しっぱなしにするの」 「濁りが取れるまでです」 「それは、誰が払うの」 水道代の話をしているのか、工事の金の話をしているのか、三宅にはその場では分からないことが多い。 遅れの理由を住民に説明したことは一度もない。 六月十七日の掘削で、竣工図に載っていない鋳鉄管が北側の植栽帯の下から出た。給水本管の旧線で、昭和四十六年の入居のころに一度だけ引き直したものらしく、市にも図面が残っていなかった。増圧ポンプの引込み経路を東へ一メートル二十振り、それに伴って基礎の位置と埋設深さを描き直し、変更の承諾をもらうのに十四日かかった。承諾そのものは桧山が理事会を一回で通してくれたが、市の水道部の協議に日数が要った。ステンレス鋼管の四十Aが盆前に入らないという連絡が七月末に来て、別の商社から半分だけ回してもらい、単価は一メートルあたり四百八十円上がった。七月二十九日には作業員が一人、午後の掘削の途中でしゃがみ込んで早退し、その日の作業は二時で止めた。所長からの電話は原価の話が先で、体調の話はそのあとに一行あった。この五つを並べて話しても、蛇口から水が出ない朝の人には何ひとつ届かない。三宅は自分がこの団地の人間ではないことを、そういうときにいちばんはっきり思い出す。 十一時、桧山が犬を連れて仮囲いの外に立っていた。 理事長は毎日ここに来る。来て、工程表の写しを見て、その日の作業のことを一つか二つ聞いて帰る。犬は年寄りで、日陰から動かない。桧山は名札のついた帽子をかぶらず、いつも綿のシャツの袖をまくっていて、七月の終わりごろから左の足を少し引きずるようになっていた。 「二〇三は」 「二分流してもらうよう言いました」 「そう。あそこは夜勤だから、昼に電話しても出ない」 「昨日の夕方、掲示とは別に手渡してあります」 「それでいい。ほかは」 「ほかは、北面の昇降階段の錠を」 「錠を」 「いえ。取り替えたというだけの話です」 桧山は先を聞かなかった。七月の終わりに、地上二十一メートル五十の頂まで続く北面の昇降階段の、その下段にかけた鎖の錠が外れていた朝があり、踏み板の砂に靴の跡が二つ残っていた。大人の靴ではなかった。錠を新しいものに替え、警備の巡回を一日二回に増やし、そのことは日報の裏面にだけ書いた。誰が登ったのかを調べようとすれば、まず全戸に聞くことになる。九日遅れている現場で、それをやる時間はどこにもなかった。 桧山は掲示板のほうへ歩いていき、貼り紙の端を親指で押さえてから戻ってきた。犬が立ち上がるのを待って、そのままD棟のほうへ曲がっていった。 十二時を回ってから、井坂が来た。反対の中心の人だとは着工の日に聞いていて、名刺は受け取ってもらえなかったが、話しかけてくるのはこの人がいちばん多い。この日は積立金の残高のことではなく、遅延が出た場合の費用の負担を誰がかぶるのかを聞いてきた。契約書の条項を条番号で言われて、三宅は手帳を開いた。 「増加費用は原則こちらです。設計変更の分は協議です」 「協議というのは、話し合って決めるということですね」 「そうです」 「それは、決まっていないということだ」 「工程表の写しを一枚、いただけますか」 渡すと、井坂は日付の欄を上から順に指でなぞり、八月二十六日のところで指を止めた。 「ここで壊すんですね」 「入ります。朝から粉塵の養生をして、重機を入れます」 「そのあと、あの場所は」 「基礎を撤去して、転圧までが我々の仕事です。使い道は組合がお決めになります」 「砂利のままなら、車が二台は置けるでしょう。私の意見ではありませんがね」 井坂は工程表を二つに折って上着の内側に入れ、分かりましたと言って帰った。三宅は事務所に戻って、いまのやりとりを日報の備考欄に三行で書いた。書きながら、この人の言っていることのどこが間違っているのかを自分では説明できないことに気がついた。 三時に断水は明けた。四口の給水栓を撤収し、鉄板を並べ直し、給水車を見送って、事務所のプレハブに戻ったのが四時二十分。エアコンの効きが悪く、上林が室外機の前にホースで水を撒いていた。二十三の若い作業員で、ねじ切りの手は速いが、寸法を二度確認しない。岩淵が後ろから見ていて、何も言わずにもう一度メジャーを当てる。この現場の配管は六割がたこの二人で組んである。 切替の試験通水は八月十四日の朝六時に決めた。 前の日の夕方、三宅は各棟の最上階の住戸を回って、明朝は濁りが出ますと一軒ずつ言って歩いた。五棟ぶんで八十二戸ある。留守が二十四戸、居留守かどうか分からないのが数戸、出てきた人のうち三人は、話の途中で自分の家の別の不具合の話を始めた。 「明日の朝六時から、水が濁ります。二分ほど流してから使ってください」 「うちはね、玄関のドアが勝手に閉まるの。すごい音で」 「それは管理組合の担当です。管理人さんに伝えておきます」 一戸だけ、朝の六時に音が出るなら夜のうちに言えという人がいた。 「いま言っています」 「そうか」 ドアが閉まった。C棟の五階でチェーンをかけたまま話す人がいて、こちらの顔は最後まで見えなかった。約束したことは翌日ちゃんとメモにして管理人室に届けた。白木はメモを受け取って、日誌のあいだに挟んだ。 十四日の朝は五時半に現場に入った。増圧給水ポンプユニットは前の週に据えたもので、盤の表示は緑のままだった。この弁を開けば、五十五年のあいだ塔の上に載っていた四十立方メートルは要らなくなり、水は本管から増圧ポンプを通って直に五階まで届くようになる。旧の水槽側のバルブを閉じ、切替弁を開け、圧力計の針が三に上がるのを見て、岩淵が親指を上げた。三宅はA棟から順に階段を上がった。五階の共用の散水栓をひねると、空気を噛んだ音がしばらく続き、白く泡立った水が出て、そのあと透明になった。B棟も、C棟も、同じ順序で同じ音がした。D棟の五階だけ、圧が足りずに勢いが落ちたので、いったん止めて盤の設定を〇・〇五上げ、階段を下りてまた上がった。上り下りで百五十段ほどになる計算で、途中の踊り場で膝に手をついた。二度目は問題なかった。E棟の階段の途中に自転車が一台置いてあって、前輪の空気が抜けていた。避けて上がり、蛇口をひねり、四十秒かかって水が澄んだ。時計を見ると七時四十分で、額から顎に伝った汗が手すりに落ちた。 E棟の五階の廊下に、女の人が洗面器を持って立っていた。 「もう出るの」 「出ます。二分ほど流してから使ってください」 「ゆうべ溜めたのが、まだ風呂に残ってるんだけど」 「洗濯に使えます」 「ああ」 洗面器を持ったまま部屋に入り、ドアが閉まった。三宅は階段を下りた。一階の郵便受けの前を通ると、割れた蓋の一つに、六月の断水の予告がまだ入ったままになっていた。 事務所に戻って日報を書いた。試験通水完了、異常なし、D棟のみ二次側圧力調整、と書き、写真の番号を三十七から四十四まで並べて記入した。工程は依然として九日遅れている。八月二十六日の解体に人手を回すには、あと二日ぶんをどこかで詰めなければならず、詰めるとすれば土曜を一日使うしかない。 「今週の土曜、出られますか」 「上林は出るでしょう。あいつは金がないから」 「岩淵さんは」 「盆を過ぎてからにしてくれ。娘が帰ってくる。孫がまだ歩かないんだ」 一年半になるという話は前にも聞いた。三宅は工程表の土曜の欄に線を引きかけて、引かずに手を止めた。 三宅は携帯を見た。上の娘の誕生日は九月二日で、まだ十九日ある。前の週にかけたときは五歳の下の子が出て、いま風呂だと言ったきり切れた。かけ直さなかった。アパートの流しに置いてきた鍋のことを思い出し、帰ったら洗おうと思い、日報の最後の行に、住民からの申し出三件はすべて対応済みと書いた。 誰にも褒められなかった。E棟の五階で洗面器を持っていた人が、水が出ますと言ったあとに一度だけこちらを見た顔を、帰りの車の中で二回思い出した。信号で止まるたびに、明日の朝の手順を頭の中で並べ直した。 第九章 桧山 八月二十六日は朝から風が無かった。六時十分に西門の鍵を開けに行くと、前の晩に撒いた水がまだ黒いまま残っていた。門扉の内法は五月に巻尺で測って三メートル八十五、トレーラーで着いた解体用のバックホウは履帯の外側で三メートル二十と三宅の書類にあり、計算のうえでは通ることになっていた。実際には門柱の三メートルほど手前で一度停め、誘導が二人ついて、入れきるまでに十七分かかった。左の門柱の角のモルタルが幅十センチばかり欠けて落ちた。 「すみません、こっちで直します。二十八日に左官が入りますんで、そのついでに」 「写真を撮っておいてください」 「撮ります」 「寄りと、引きと、定規を当てたのを。日付の入るやつで」 欠けた面からは中の骨材が出ていて、そこだけ白かった。五十五年ぶんの汚れの付いていない面が、門柱に一箇所できたことになる。 タロは連れて出なかった。 散歩は五時のうちに済ませてある。粉塵が出るから当日は北東の角へ近寄るなと回覧を回してあり、犬を連れて寄る人は止めてくれと白木にも頼んだ。頼んでおいて自分の犬を連れていくわけにはいかない。三和土でリードのほうを見上げられたが、そのまま鍵を閉めた。四階から下りるのにこの犬は七分かかり、上がるのにも同じだけかかる。 前の日の夕方に、白木が全戸へ紙を入れている。二十六日は九時から十六時まで解体作業のため洗濯物を外へ出さないでください、と、それだけを大きく刷った。桧山はその裏に、七月に市の窓口でもらった様式を使って、韓国語と、ベトナム語と、漢字にふりがなを振った日本語の三通りを載せた。二百八十枚刷って、二日かけて入れた。七月の断水の日に、給水タンクの前で二〇三の人から言われている。 「掲示、日本語だけです」 「申し訳ありません。次回はふりがなを振ります」 「ふりがなは、読めます」 「はい」 「意味が、わからないです」 読めることと分かることは別だと言われたのだと、その場では受け取れなかった。四百十二戸の名簿に国籍の欄は無い。作るとなれば個人情報の扱いから始めて理事会を二回は使う。 九時ちょうどには始まらなかった。 散水用のホースは集会室の外の散水栓から引いてあり、二本を分岐で継いで仮囲いの中へ入れてある。八月十四日に切り替えた系統で、本管から増圧ポンプを通ってきた水を、塔を壊すために撒くことになる。塔の中は十四日の朝に空にしてあった。四十立方メートルを排水の枡へ落としてある。十二日のあいだ、団地の水は塔を通らずに蛇口へ出ていた。気づいた住人がいたかどうかを桧山は聞いていない。出方が同じであれば、経路が変わったことは外からは分からない。 九時十八分に、上のほうで最初の音がした。 アームの先の圧砕機が水槽の縁を横から挟んで、コンクリートが割れた。破片が塔の内側へ落ちるように角度をつけてあり、下では受けた粉に向けてホースが二本、上向きに撒かれている。落ちるまでの間が、思っていたよりも長い。二十一メートル半から落ちてくるのだから目で追っている時間より実際は短いはずで、それでも長かった。音は地面に着いてから半拍おいて壁に当たり、四号棟の側面から返ってきた。返ってきたほうの音のほうが乾いていた。 九時半には七、八人が仮囲いの外にいた。 十時を回ってから増えた。数えたわけではないが、二十は超えていた。買い物の途中らしい人が自転車を停めたまま立っていて、そのうちの一人は前籠に葱を入れている。中学生くらいの男の子が三人、少し離れた縁石に並んで座っていて、そのうちの一人は右のすねに乾いたかさぶたがあった。子どもを抱いた人が二人いて、犬を連れた人も二人いた。桧山は仮囲いの外を二度回った。コーンバーの内側へ入っている者はいない。三宅が誘導員を一人増やして南側の角に立たせた。 「理事長さん、あそこ日陰がありませんよ」 「集会室の折りたたみを出してください」 「麦茶も持っていきます。うちで沸かしたのでいいですか」 「領収は組合で」 「二百円ですよ」 十時四十分ごろ、階段の下り口のほうから二人で下りてくるのが見えた。 大槻スミが手すりの側ではなく人の腕のほうを握って、一段ごとに両足を揃えて下りてくる。腕を出しているほうはこちらへ背中しか見せていなかったが、歩幅が狭く、右の足だけ着地が早い。下りきって向きを変えたときには、井坂だと分かっていた。井坂は大槻を仮囲いから十メートルほど離れた花壇の縁まで連れていって座らせ、自分は座らずに立った。大槻は薄い水色の日傘を持っていて、差さずに膝の上へ横に置いた。桧山は近寄らなかった。五〇二までの階段は七十二段ある。上げるほうは誰がやるのかと白木を探したら、もう管理人室へ戻る途中だった。 昼前に、大槻のほうから声をかけられた。 「理事長さん」 「はい」 「あの塔はね、できたときは白かったのよ。ペンキじゃなくて」 「そう聞いています」 「四十六年に入ったときは、周りに何にも無くてね。畑と、桑の木と」 「五〇二でしたね」 「うちの人が、あれで五階まで水が来るって」 そこで切れた。日傘の柄を持ち替えて、花壇の土のほうを見ている。桧山は言葉を継ごうとして、継ぐべき先が自分の側には無いことに気がついて、そのまま黙って立っていた。四十秒ほどして井坂が寄ってきたので、頭を下げて離れた。 十一時前に井坂が来た。 「跡地は」 「基礎を撤去して転圧までが工事の範囲だ。そのあとは理事会で決める」 「砂利のままなら車が二台置ける。月に八千円取れば、年に十九万二千円だ」 「議案に出してくれ」 「俺は理事じゃない。俺が出せば、去年反対した七十四人しか手を挙げん」 「読ませる書き方にする」 「一億一千四百万に対して十九万だ。焼け石だよ」 仮囲いの上の縁を指の腹で押さえて、そう言った。爪の際に、段ボールの糊らしい黒いものが入っている。それから花壇のほうへ戻っていった。連れてきた人のところへ戻ったのか、日陰へ寄っただけなのかは、後ろからでは分からなかった。 十二時から一時間止まった。 昼のあいだに人はいったん減り、十三時に機械が動きだすとまた集まった。 「午後は軸です。水槽より手間がかかります」 「時間か」 「割れ方が読めないんです。上と下で太さが違いますんで、噛んだところと別の場所から行くことがある」 「行ったらどうなる」 「まとめて落ちます。囲いの中には収まりますけど、粉は上がります」 十四時二十分、胴の上から三分の一ほどが、噛んだところとは違う位置から縦に裂けて落ちた。落ちた量が多かったので粉塵が仮囲いの上を越え、風が無いぶん横へ流れずにその場で上へ立った。散水の二本では追いつかず、三宅が誰かに向かって腕を回した。 「上げて。もっと上」 灰色のものが下りてきて桧山の立っている位置まで届くのに、二十秒ほどかかった。シャツの肩と腕に細かい粒が乗り、口の中でざらついた。仮囲いの外の人は誰も動かなかった。子どもを抱いていた人が一人、体の向きを変えて背中で覆った。 音がやんでからも、誰も何も言わなかった。 三十人ばかりが同じほうを向いて立っていて、そのうちの何人かは携帯を出していたが、構えたまま押さない人が二人いた。大槻は花壇の縁に座ったまま、日傘を膝の上に横にして持っている。井坂はその花壇の反対の端に立っていた。二人のあいだは三メートルほど空いている。桧山は、自分が拍手のようなものを予想していたことにそのとき気がついた。予想していたというより、そういうものが起きたら止めなければならないと考えていた、というほうが近い。何も起きなかったので、何もしなかった。 一号棟のほうへ回ったとき、一〇五の窓が開いていた。 レースのカーテンが内側へ膨らんで、その奥は暗くて見えない。名簿には佐久間富子と、息子が一人いることになっている。前を通るたびに閉まっていた窓で、いつから開いているのかを桧山は知らない。粉塵の日ですから閉めてくださいと言いに行くべきだった。呼び鈴を押すところまで考えて、紙は昨日入れてあるはずだと思い直し、そのまま歩いた。歩きながら、あの部屋の郵便受けは蓋が閉まらないという苦情が五月に二度来ていて、まだ直っていないことを思い出した。 十六時十分に作業が止まった。 軸は基礎の上一メートル二十ほどのところまで下がって、そこで残っている。切り口はまっすぐではなく、鉄筋が上向きに何本も出ていた。足もとには砕いたコンクリートが山になり、その上に散水のホースが二本、載せたまま置いてある。仮囲いの内側の地面には水が溜まって、灰色の膜を張っていた。人はもういない。工程は十四日の時点で九日遅れていると三宅の日報に書いてある。 「二十七日と二十八日で、基礎まで終わるのか」 「現場は終わります」 「現場は、というのは」 「書類が残ります」 「六月にも同じことを聞いた」 「同じことを答えたと思います」 十七時過ぎに管理人室へ寄った。白木は日誌の八月二十六日の行を書き終えていた。 「申し出、四件です」 「読んでください」 「洗濯物が灰色になったのが二件、三号棟と四号棟。車の屋根に粉が積もったのが一件。それから、あの塔はいつ無くなるのかって」 「今日だ」 「今日ですよって言ったら、そう、って。それも書いときました」 洗濯物の二件の号室を控えた。工事の瑕疵ではないので費用は組合か本人のどちらかになる。前例が無い。理事会に諮れば三軒目が出てくるし、諮らずに現場で洗剤の一箱でも渡させるほうが早いけれども、早いやり方を一度やると、それが前例になる。 「トナー、届いてます」 「入れておいてください」 「判子を」 鞄から出して押した。今度は一度で付いた。 部屋に戻ると、タロは玄関のすぐ内側で横になっていた。療法食の袋は残りが三分の一を切っていて、病院へ行くのは三十一日の午後になる。皿に出して置くと、起き上がるまでに時間がかかり、食べ終わるまではもっとかかった。台所の窓を開けて北東のほうを見ると、投光器が二基点いていて、その光の中に鉄筋の出た切り口が低く残っている。それより上に何があるのかは、そこからでは分からない。窓を閉め、流しでタロの皿を洗った。爪の際に灰色の粉が入っていて、洗剤をつけて二度こすっても白くはならなかった。 九月の理事会の議案を作りはじめた。一に決算の中間報告、二に跡地の利用、三に自転車の撤去。二の下へ、砂利敷きのまま二台分を貸した場合、月八千円で年に十九万二千円、と書いた。書いてから、この案がどこから出たのかを議案書に入れるかどうかで手が止まった。名前を入れれば、その名前を見ただけで反対する人がいる。入れなければ、自分が考えたことになる。鉛筆で書いていたので、まだ消せた。消さずに、右の余白へ八月二十六日と日付だけ入れて、紙を裏返した。 二十一時十分に電話が鳴った。 「夜分すみません。四号棟の三階、もう一件出ました」 「洗濯物か」 「布団だそうです。干しっぱなしで」 「号室を」 「三〇六です」 「朝いちばんに行く」 切ってから、控えた紙をどこへ置いたかが分からなくなって、食卓の上のものを二度めくった。 第十章 白木 九月に入って最初の月曜、白木節子は管理人室の鍵を開け、蛍光灯の紐を二回引き、それから流しの下から雑巾を出して絞った。十九年やっているので順序は考えない。窓の下枠に指を這わせると、白い粉が指の腹に乗った。八月二十六日から半月近く経つのに、まだ出てくる。サッシの溝は雑巾の角を押しこんで掻き出さないと取れず、そうやって拭いても翌週には薄く積もっている。粉が飛んだ日、洗濯物を取りこんでほしいという貼り紙を、節子は前の週の水曜に五棟ぶん貼って回った。取りこまなかった家が何軒かあって、そのうちの一軒から管理会社に電話が入り、昼過ぎに管理人室の受話器が鳴った。 「白いのが付いた、どうしてくれるって」 「どちらのお宅でしょう」 「そこはこちらで受けますんで。貼り紙、写真は残ってます?」 「これから撮ります」 「日付が入るように撮ってください」 撮った。掲示板の端と一緒に写した。かけてきたのがどの部屋の人かは、そのあとも知らされていない。謝りに行くかどうかも言われていないので、行っていない。 日誌は十九冊目になる。 コクヨのB5で、横罫が三十行ある。一冊で二年はもたない。表紙に油性ペンで使用期間を書いてあって、今のものは二〇二五年四月からで、残りが四十枚を切っている。頁の割りつけは前任の沼田さんが作ったままで、上から日付、天候、気温、来訪、電話、作業、特記と並ぶ。沼田さんは二〇〇七年の三月で辞めた人で、引き継ぎに使えたのは四日しかなく、そのあいだに鍵箱の番号と、水を止める栓の場所と、五棟の外階段の三段目が浮いていることを教わった。三段目はいまも浮いている。特記の欄はたいてい斜線で消す。九月七日、晴、朝の気温二十四度。作業の欄には「北東角 整地跡 立入禁止テープ二箇所 張替」と書いた。テープは風ですぐ緩むし、杭は工事屋が置いていった仮のもので、子どもが蹴れば倒れる。 窓からその角が見える。 前は見えなかった。塔が立っていたあいだ、管理人室の窓は右の三分の一を胴で塞がれていて、机の上まで日が届くのは十時を回ってからだった。今は八時前から光が来る。日誌の紙が白く光って、老眼鏡をかけても罫線が飛ぶ。ブラインドを下ろすと今度は手元が暗くなる。角度を何度か変えて、結局、机を左に十五センチずらした。ずらしたら電話のコードが突っ張って、受話器を上げるたびに本体が寄ってくるようになった。両面テープで留めるつもりで、まだ買っていない。 掲示板の貼り替えは月の初めと決めている。 八月ぶんを剥がすと、画鋲の穴が板に細かく残っていて、そこだけ色が濃くなっている。断水のお知らせが三枚、工事の進捗が四枚、それに完了の報告が一枚ぶら下がっていた。完了のものは八月二十八日付で、関東管工の社判と、理事長の名前が入っている。剥がした紙は日付順に重ねて紐で縛り、管理人室の棚の下段に入れる。三年で捨てていいと管理会社は言うが、沼田さんの代のものがまだ残っていて、二〇一〇年の給水管洗浄のお知らせなどが出てくる。給水塔の点検は年に二回あって、その予定も毎年ここに貼っていた。九月ぶんに貼るのは、消防設備の点検、自転車の一斉整理、それから排水管清掃の日程で、どれも去年と同じ様式に日付だけ入れ替えたものだ。 貼り終えたところにユナが来た。ランドセルを背負ったまま掲示板の前に立って、口の中で読んでいる。 「はいすいかん。せいそう」 「排水管の掃除。台所とお風呂の下を通ってる管をね、業者さんが洗いに来るの」 「うち、いるの」 「いなきゃだめ。お母さんに言っておいて。十月九日の午後」 「ママ、その時間ねてる」 「起こしていいって言っといて」 ユナは行ってしまい、紙の下の端が風でめくれた。節子は画鋲をもう一つ足した。 その四日前、九月ぶんの原稿を管理会社に送るときに、日にちと部屋番号のところだけ振り仮名を振ってもらえないかと担当に聞いた。担当は今年の四月に替わった若い人だ。 「様式が本社で決まってるんで」 「日付のところだけでも、無理ですか」 「ええと、それも様式なんで」 「分かりました」 言い方に含みはなかった。節子は掲示の紙に、鉛筆で薄く読みを入れることにした。消しゴムで消せる程度に、日付の漢字の脇だけ。二〇三号室のパクさんが去年、断水の日を知らないまま夜勤から帰ってきたことがあって、その日の日誌の特記に、節子は「掲示 日本語のみ」と書いた。書いたきりで、それは誰にも読まれていない。 昼前に五〇二号室の郵便を持って階段を上がった。ポストに入っていたのは、電力会社の検針票と、駅前の眼鏡屋の割引はがきと、市の広報だった。 本来の仕事ではない。管理人の業務は集合ポストの周りの掃除までで、各戸への配達は郵便局の領分になる。ただ大槻スミは八十九で、去年の秋から階段が一日に一往復もできなくなっていて、ポストの前まで下りて戻るのに三十分かかる。エレベーターは無い。踊り場ごとに手すりの途切れるところがあって、そこで壁に手をついて息を整えているのを、節子は二階と四階のあいだで見たことがある。管理会社に言えば、それは管理人の職務ではありませんという答えが来るのは分かっている。だから日誌には書かない。作業の欄には「五棟 階段 掃き」とだけ入れて、上がったことにしてある。 膝は右のほうが悪い。四階から上は一段ずつ足を揃えて上る。整形外科でヒアルロン酸を打つのを五月でやめてから、下りのほうが痛むようになった。 スミは戸を開けたままにしていた。三和土に新聞が二日ぶん重なっていて、その上に空の灯油ポリタンクが置いてある。台所のほうから水の音がしていた。 「白木さん、水ね、変わった」 「変わってないと思いますけど」 「そう。前より、ちょっと重い」 「重いですか」 「軽いのかもしれない。飲んでみて」 コップに汲んだものを一口飲んだ。塩素の匂いが少し強い気がしたが、それは前からそうだったのかもしれない。四十立方メートルの水槽をいったん通っていたときと、道路の本管から直接押し上げるようになった今とで、味が変わるという話を節子は聞いていない。 「説明会では、水質は変わりませんって言ってました」 「あの塔を、ずうっと通ってたのにねえ」 「はい」 「灯油、去年はどこに頼んだかしらね」 「紙に書いてお渡ししましたよ。冷蔵庫に貼ってあります」 「あら、そう」 九月に灯油の話をするのは早い。スミはコップを受け取って流しに置き、それから戸棚を開けて、来た人に必ず出す個包装の煎餅を探しはじめた。探しているあいだ、扉の内側に画鋲で留めた検針票の束が揺れていた。いちばん上の一枚は七月のもので、使用量のところに鉛筆で丸がついている。 午後に井坂秀夫が来た。 管理人室の窓口は腰の高さの引き違いで、そこを開けて話す。手には大学ノートと、蛍光ペンで線を引いた議事録の写しがある。二〇二五年十一月二十三日の臨時総会、賛成百六十八、反対七十四、委任二十六。その数字のところが黄色く塗ってある。ノートの表紙には「給水」と一文字ずつ離して書いてあり、角が丸くすり切れている。定規を当てて引いたらしい線が縦に何本か通っていて、都内の印刷会社に長くいたと聞いたことがあるのを、節子はそのたびに思い出す。 「工事の精算の書類を見たいんだ」 「書類は理事長さんが保管しています」 「一億一千四百万は総会の資料に載ってる。実際にいくら払ったの。変更契約は」 「閲覧は、理事会に文書で請求していただくことに」 「知ってるよ、それは」 「わたしは、」 「白木さんが悪いんじゃないの。分かってる」 答えを求めていないのは、節子の顔を見ずに議事録をめくっているところで分かる。 「二〇三六年に外壁と屋上の防水が来る。長期修繕計画にそう書いてある。二百六十八世帯で、積立が今いくらだと思う」 今年の四月に月額の改定案が出て否決になったことは、掲示を貼ったので節子も覚えている。六百円の値上げだった。井坂の言うことは数字の並びとして筋が通っていて、節子は賛成にも反対にも回れない場所にいる。管理人は組合員ではない。十九年いても、総会に出たことは一度もない。 帰り際に、九月の掲示のところを指された。 「自転車の整理、前にもやったろう」 「やりました」 「何も減ってないよ」 「減りません」 それは本当で、放置自転車の黄色い札は毎年五十枚ほど貼って、引き取られるのは八枚か九枚だ。 そのあと、桧山がタロを連れて棟のあいだを歩いていくのが見えた。犬は十三歳で、後ろ足が流れる。北東の角のテープの前で立ち止まって、桧山がしゃがみ、杭を一本、手で押して立て直した。井坂が駐輪場のほうから戻ってきて、二人は三メートルほど離れたところで何か言葉を交わした。窓は閉めてあったので、聞こえたのは鎖の音だけだった。井坂が先に歩き出し、桧山はそのまま空いた地面を見ていた。それから犬に引かれて西のほうへ行った。 三宅が挨拶に来たのは、その週の金曜だった。 作業服ではなく襟のあるシャツを着ていた。菓子折りを窓口の下枠に置いた。関東管工の名刺をもらうのは六月八日の着工の日以来で、二枚目になる。仮設事務所のプレハブは先週のうちに引き上げられている。 「長いあいだ、お世話になりました」 「あとは資材の運び出しだけですか」 「そうです。今週いっぱいで」 「次はどちらに」 「千葉です。来週から入ります」 「うちの前を通るとき、いつも水を撒いてらしたでしょう」 「粉が出るんで」 「あれ、助かりました」 「上尾は暑いだけです」 三宅は笑って、それから空になった北東の角のほうを一度見て、封筒を出した。工事完了にともなう鍵の返却で、仮囲いのゲートの南京錠が二つと、給水塔の扉の鍵が一本入っている。扉はもう無い。鍵だけが管理組合のものとして戻ってくる。節子は受領の欄に判を押し、控えを二つに折って日誌に挟んだ。鍵には黄ばんだ丸い札がついていて、油性ペンで「高置水槽」と書いてある。字は沼田さんのものだ。管理人室の鍵箱は七番までしか空きがなく、そこにはもう電気室の予備が入っているので、とりあえず引き出しの奥の、印鑑を入れた缶の横に置いた。 管理会社からの事務連絡は月末に届いた。 来年四月から管理人日誌は所定のタブレット端末での入力に切り替わる、という一枚で、下に問い合わせ先の電話番号が刷ってある。研修は三月に一日、大宮の支店で行うとある。勤務時間の見直しについては別途通知します、とも書いてある。節子は六十三で、契約は一年ごとに更新している。紙の日誌は本社では保管しないので各自で処分するように、という行があって、そこだけ二回読んだ。棚の下段には沼田さんの代のものが十一冊ある。同じ管理会社で戸田の団地に入っている人が、去年の研修のあとで、機械のほうが楽ですよと言っていた。写真を撮って送るだけで済むから、と。 九月三十日、曇、朝の気温二十一度。来訪の欄に三宅の社名を書き、電話の欄に排水管清掃の業者の名を書いた。作業の欄には掲示板の貼り替えと、四棟の外廊下の電球二本の交換を入れた。特記の欄はいつもなら斜線で消す。 北東角、更地のまま。テープ張り直し。
小説 · text · 2026-09-07